日本史通史12世紀

      2018/04/04

この記事では、通史学習のために、日本史12世紀の重要事項を取り上げます。12世紀には、全300の日本史通史上の重要事件のうち8個が含まれます。

通史の学習法と通史一覧:【予備校直伝】日本史の覚え方と通史学習の方法論

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日本史通史12世紀 ついに軍事政権が誕生!

※現在と結びつけやすいよう軍事政権と名づけていますが、日本史上は武家政権と呼びます。

日本史では、全時代を通じ、通史として覚えるべきできごとは300あります。12世紀には、8個の通史上重要なできごとがあります。

  • 2つ前の10世紀は、天皇が直接国を治める天皇親政と呼ばれる時期もありましたが、藤原氏の権限が高いレベルで安定した時代でした。
  • 1つ前の11世紀は、貴族(=現在の国家公務員)の代表格であった藤原氏が、ピークを迎えましたが、同時に上皇(=引退した天皇)のSP的な存在として、武士が誕生しました。

12世紀は、天皇家の跡目争いのさいに、武士が起用され、そのなかで平氏が一気に台頭した時代です。「平家にあらずんば人にあらず」という言葉が残るほど力をつけました。現代に例えれば、政権争いに自衛隊が起用され、権力を握るようなものです。傲慢な平氏でしたが、よく知られるように対立した源氏の中心人物を生かしておいたことから、のちのち源氏に逆転を許し、一族もろとも海に沈められます。その後、源氏による軍事政権である鎌倉幕府が成立します。

日本は、豪族(ある地方を支配する一族)が連合するなかから天皇が誕生し、その後こまかな執務の把握から実験を握った貴族(現代の国家公務員)が台頭し、つぎに武士が台頭する軍事政権が誕生したと言えます。軍事政権は、薩摩・長州藩が海外の資本主義国と組んで政権を握った、明治維新まで続きます。

ちなみに、現在の苗字ランキングで、源は2879位、平は586位。必ずしも源氏、平氏の子孫とは言えませんが、藤原氏に関係があると言われる、佐藤・伊藤(工藤氏の流れ)・加藤などと比べ、非常に少数となっています。

日本史通史ベスト300 12世紀
1156 保元の乱
1159 平治の乱
1175 法然,浄土宗を開く
1177 鹿ヶ谷の陰謀
1180 治承・寿永の乱開始,以仁王の令旨,源頼政挙兵
1185 壇の浦の戦い,平氏滅亡
1185 源頼朝,守護・地頭設置
1192 源頼朝,征夷大将軍就任,鎌倉幕府成立

通史学習では、まず15分程度で、覚えるべきできごとの概要を学びます。日本史B講義の実況中継(1冊1296円)がおすすめです。

いま日本史B講義の実況中継をお持ちでない方はもちろん、読まれた方もまとめとして、以下のポイント解説講義で概要を確認してください。

日本史通史12世紀の学習方法

①20分間で、日本史B講義の実況中継やポイント解説講義で、通史をつかんでください。10分間で読み終え、残り10分は、自分の言葉で大筋を再現するのがポイントです。

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【20分間】日本史通史12世紀の概要を理解する

日本史通史12世紀のまとめ講義は、元予備校日本史講師、現在トップクラスの進学校で先生をされている、宇都宮先生にお願いいたしました。

こんにちは! 宇都宮です。今回は12世紀の流れについてまとめましょう!

11世紀の回でお話ししたように、多くの反乱を鎮圧していく中で武士が台頭していきます。その中で、1156年に保元の乱が起きます。これは皇位継承を巡って、崇徳上皇と後白河天皇が争ったものです。後白河にとって崇徳は兄です。ほら、親の言うことなら聞くけど、兄弟だと「うるせー!」とか言っちゃうじゃないですか。後白河も崇徳の院政を許さず、兄貴は皇位を取り戻そうとするんです。天皇方・上皇方に藤原氏、源氏、平氏がそれぞれ入り乱れて争い、後白河陣営が勝利します。さて、保元の乱で活躍したのが平清盛と源義朝(みなもと の よしとも)ですが、その後の恩賞は、平清盛の方が多かったのです。源義朝は、藤原信頼と手を組んで、1159年、平清盛の娘婿の父・藤原信西を殺害し、天皇と上皇を幽閉します。これが平治の乱です。その後、平清盛は何とか天皇・上皇を奪還すると、挙兵し、源義朝の軍を打ち破ります。

さて、その後、平ら平清盛は武士として初めて太政大臣に就任するなどしますが、源氏も黙ってはいません。以仁王の平氏打倒の令旨に応え、源頼政が挙兵、それに呼応して源義朝の子・頼朝も挙兵します。弟・源義経の活躍もあり、1185年壇の浦の戦いで平氏は滅亡します。こうした一連の源氏と平氏の戦いを、治承・寿永の乱といいます。

その後、源頼朝は無断で官位を賜った義経を追討する名目で、全国に守護(少しレベルが高い知識になりますが、正確にはこのときの名称は「国地頭」です)・地頭を配置することを、後白河法皇に認めさせます。守護は国ごとに、地頭は荘園・公領ごとに置かれました。源頼朝がこれらを配置した真の目的は、自分の支配力を高めることでした。その後、1192年に頼朝は鎌倉に幕府を開き、武士の政権がスタートします。

以上、世界の宇都宮がお送りしました。

日本史通史ベスト300 12世紀
1156 保元の乱
1159 平治の乱
1175 法然,浄土宗を開く
1177 鹿ヶ谷の陰謀
1180 治承・寿永の乱開始,以仁王の令旨,源頼政挙兵
1185 壇の浦の戦い,平氏滅亡
1185 源頼朝,守護・地頭設置
1192 源頼朝,征夷大将軍就任,鎌倉幕府成立

【40分間】日本史通史12世紀のチェックテストを行う

日本史通史11世紀の学習方法

②40分間で、チェックテストをくり返し行います。40分続けても良いですが、午前に20分、午後に20分のように分けると効果倍増です。チェックテスト3回目(1つのヒントで4つが数珠つなぎに言える)のマスターが目標ですが、暗記が得意な方は、完全暗唱まで持っていっても構いません。

1回目 2回目 3回目
1156 保元の乱 1156 保元の乱
1159 平治の乱
1175 法然,浄土宗を開く
1177 鹿ヶ谷の陰謀
1180 治承・寿永の乱開始,以仁王の令旨,源頼政挙兵
1185 壇の浦の戦い,平氏滅亡 1185 壇の浦の戦い,平氏滅亡
1185 源頼朝,守護・地頭設置
1192 源頼朝,征夷大将軍就任,鎌倉幕府成立

【60分間】日本史の授業動画で、用語の知識を深め周辺知識を取り込む

日本史通史12世紀の学習方法

③60間程度の映像講義をうけ、記憶した重要事項の意味をよく理解し、余裕があれば1~4個程度の枝葉の知識をつけてゆきます。ここでは無理をせず、重要事項を深く理解するだけでも構いません。早い段階で枝葉をつけすぎた木は、翌日倒れてしまいます。

以降、数日から1週間おきに、チェックテスト3回目をくり返し、興味に応じて映像講義を見て、教科書や参考書を読んでみましょう。自然に記憶の木が育ち、倒れにくくなっているはずです。

映像講義は、東進衛星予備校や河合塾マナビスでも構いませんが、全教科の1万本の動画が見放題となる、スタディサプリがおすすめです。スタディサプリでは、高3 スタンダードレベル日本史 - 第6講 平安時代II チャプター4・5 が12世紀にあたります。

公式サイト:【スタディサプリ】動画授業で苦手を克服

通史の学習法:【予備校直伝】日本史通史の覚え方・まとめ方と通史勉強法


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