日本史通史13世紀

      2018/04/04

この記事では、通史学習のために、日本史13世紀の重要事項を取り上げます。13世紀には、全300の日本史通史上の重要事件のうち16個が含まれます。

通史の学習法と通史一覧:【予備校直伝】日本史の覚え方と通史学習の方法論

広告

【動画】人気ユーチューバーからの受験生応援メッセージ

日本史通史13世紀 ついに軍事政権が誕生!

※現在と結びつけやすいよう軍事政権と名づけていますが、日本史上は武家政権と呼びます。

日本史では、全時代を通じ、通史として覚えるべきできごとは300あります。13世紀には、16個の通史上重要なできごとがあります。

  • 2つ前の11世紀は、貴族(=現在の国家公務員)の代表格であった藤原氏が、ピークを迎えましたが、同時に上皇のSP的な存在として、武士が誕生しました。
  • 12世紀には、武士である平氏、続いて源氏が台頭し、初の軍事政権である鎌倉幕府が誕生しました。

13世紀は、簡単に言えば鎌倉幕府の時代です。12世紀の末に誕生した軍事政権である鎌倉幕府が、支配体制を強めてゆきます。軍事政権とは、現在の世界で言えば北朝鮮がイメージに近いかも知れません(正確には、主体思想及び先軍思想を基礎とする国家。外務省による)。軍事優先の北朝鮮の体制が今後揺らぐとすれば、やはり軍事強国であるアメリカ合衆国の行動によるものでしょう。

12世紀末に誕生した鎌倉幕府でしたが、その滅亡はやはり海外の軍事強国によるものでした。有名な元寇(中国の元の襲来)です。1度目は折からの嵐(神風)の効果で元は撤退しましたが、2度目は戦闘になります。武士(御家人)は、戦闘の報酬として土地を分け与えられることになっていますが、元の土地を獲得したわけではなく、報酬は与えられません。武士の不満を押さえるために、幕府は借金をチャラにします(永仁の徳政令)。

しかし、借金がチャラになったとしても、収入が不十分な困窮した状況は変わらず、鎌倉幕府は危機を迎えることとなります。

日本史通史ベスト300 13世紀
1203 北条時政,執権就任
1205 『新古今和歌集』撰上
1213 和田義盛を倒し,北条義時,執権の地位確立
1219 三代将軍源実朝暗殺
1221 承久の乱
1225 評定衆設置
1226 藤原頼経,将軍就任(=摂家将軍)
1232 御成敗式目制定
1247 宝治合戦
1249 引付衆設置
1252 宗尊親王,将軍就任(=皇族将軍の始め)
1274 文永の役(元寇)
1275 異国警固番役制度化
1281 弘安の役(元寇)
1285 霜月騒動
1297 永仁の徳政令

通史学習では、まず15分程度で、覚えるべきできごとの概要を学びます。日本史B講義の実況中継(1冊1296円)がおすすめです。

いま日本史B講義の実況中継をお持ちでない方はもちろん、読まれた方もまとめとして、以下のポイント解説講義で概要を確認してください。

日本史通史13世紀の学習方法

①20分間で、日本史B講義の実況中継や、下のポイント解説講義で、通史をつかんでください。10分間で読み終え、残り10分は、自分の言葉で大筋を再現するのがポイントです。

広告


受験ネットから進呈

【20分間】日本史通史13世紀の概要を理解する

日本史通史13世紀のまとめ講義は、元予備校日本史講師、現在トップクラスの進学校で先生をされている、宇都宮先生にお願いいたしました。

こんにちは! 宇都宮です。今回は13世紀の重要事項を整理していきましょう。12世紀末に、源頼朝が鎌倉幕府を開き、武士の政権がスタートします。ところが、源氏の血を引く将軍が、3代将軍 源実朝(みなもと の さねとも)の暗殺により途絶えてしまいます。

2代将軍 頼家(よりいえ)の頃から、有力御家人たちによる合議制がとられていますが、なかでも源頼朝の妻の一族である北条氏が、他の有力御家人たちを倒していき、1213年和田義盛を倒して、北条義時が将軍の補佐・執権としての地位を確立しています。ところが、北条氏自体はそれほど「エライ」家柄ではありません。仮に将軍になったとしても、御家人たちがついてくるにはパンチが足りません。そのため、4代将軍には摂関家から九条頼経(くじょうよりつね)を招き(摂家将軍)、6代目には宗尊親王を招いています(皇族将軍)。摂関家とは、摂政・関白に任ぜられる高い家柄を指し、親王とはおおまかに言えば天皇の子です。

武家の政権がスタートしたとはいえ、まだ朝廷の勢力は衰えていません。いわば公武二元体制なのです。この現状を打破しようと、後鳥羽上皇は1221年義時追討の院宣を出し、承久の乱を起こしますが、幕府軍に敗北し、公武二元体制は幕府に傾きます。そして、3代執権北条泰時の頃には最高政務機関である評定衆を設置し、1232年、武士社会のための法律として御成敗式目を作るのです。また、4代執権時頼の頃の1249年、裁判の迅速化のために引付衆が設置されます。

ところが、日本にピンチが訪れます。いわゆる元寇のことです。大陸ではモンゴル帝国が席巻し、フビライは中国に元を建国します。そして、日本にも服属を要求する書状を送りつけてきました。1274年、元軍が北九州に来襲します。これが文永の役です。元軍との戦いには苦戦を強いられましたが、一般的には「神風」が吹いて何とかこれを撃退したとされます。6代執権北条時宗は、次回の来襲に備えて異国警固番役を制度化し、石塁で防備を固めます。そして1281年再び元軍が襲来しますが(弘安の役)、またしてもやってきた暴風雨も味方してこれを撃退します。

さて、元寇を乗り切る過程で、北条氏の力が強くなりました。特に、北条氏本家の当主である得宗(とくそう)に権力が集まり、その部下である内管領(うちかんれい)も力を強めます。1285年、内管領の平頼綱が、執権北条貞時の外祖父(母方祖母)の安達泰盛を滅ぼしています(霜月騒動)。

しかし、良いことばかりではありません。この頃、御家人(武士)に対する恩賞は土地です。幕府と御家人は、土地を仲立ちとして結びついていました。しかし、元寇は防衛戦です。反乱ならば、起こしたヤツの土地を分配すればいいですが、御家人に対しての十分な恩賞になるほどはありません。困窮する御家人を救うため、幕府は1297年永仁の徳政令を出します。これによって、御家人の借金を帳消しにしますが、御家人の困窮は改善されず、お金を借りにくくなるなどの大混乱が起きます。

日本史通史ベスト300 13世紀
1203 北条時政,執権就任
1205 『新古今和歌集』撰上
1213 和田義盛を倒し,北条義時,執権の地位確立
1219 三代将軍源実朝暗殺
1221 承久の乱
1225 評定衆設置
1226 藤原頼経,将軍就任(=摂家将軍)
1232 御成敗式目制定
1247 宝治合戦
1249 引付衆設置
1252 宗尊親王,将軍就任(=皇族将軍の始め)
1274 文永の役(元寇)
1275 異国警固番役制度化
1281 弘安の役(元寇)
1285 霜月騒動
1297 永仁の徳政令

日本史通史13世紀の学習方法

②40分間で、下のチェックテストをくり返し行います。40分続けても良いですが、午前に20分、午後に20分のように分けると効果倍増です。チェックテスト3回目(1つのヒントで4つが数珠つなぎに言える)のマスターが目標ですが、暗記が得意な方は、完全暗唱まで持っていっても構いません。

1回目 2回目 3回目
1203 北条時政,執権就任 1203 北条時政,執権就任
1205 『新古今和歌集』撰上
1213 和田義盛を倒し,北条義時,執権の地位確立
1219 三代将軍源実朝暗殺
1221 承久の乱
1225 評定衆設置 1225 評定衆設置
1226 藤原頼経,将軍就任(=摂家将軍)
1232 御成敗式目制定
1247 宝治合戦
1249 引付衆設置
1252 宗尊親王,将軍就任(=皇族将軍の始め) 1252 宗尊親王,将軍就任(=皇族将軍の始め)
1274 文永の役(元寇)
1275 異国警固番役制度化
1281 弘安の役(元寇)
1285 霜月騒動
1297 永仁の徳政令 1297 永仁の徳政令

【60分間】日本史の授業動画で、用語の知識を深め周辺知識を取り込む

日本史通史13世紀の学習方法

③60間程度の映像講義をうけ、記憶した重要事項の意味をよく理解します。ここでは枝葉の知識はつけず、重要事項を深く理解するだけで構いません。早い段階で枝葉をつけすぎた木は、翌日倒れてしまいます。まずは重要事項の内容を完璧に仕上がることに、注力しましょう。

以降、数日から1週間おきに、チェックテスト3回目をくり返し、興味に応じて映像講義を見て、教科書や参考書を読んでみましょう。自然に記憶の木が育ち、倒れにくくなっているはずです。

映像講義は、東進衛星予備校や河合塾マナビスでも構いませんが、全教科の1万本の動画が見放題となる、スタディサプリがおすすめです。スタディサプリでは、高3 スタンダードレベル日本史 - 第7講~第8講 が13世紀にあたります。

公式サイト:【スタディサプリ】動画授業で苦手を克服

通史の学習法:【予備校直伝】日本史通史の覚え方・まとめ方と通史勉強法


広告


プレゼント

 - 勉強法