【古文】定期テスト対策予想問題|一般対策にも!

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古文の定期試験のための問題集です。無料で利用できますので、一般選抜対策も含めて、ご活用ください!

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Q これから先、古文が本当にできるようになるか不安です。

Q 文法学習がストレスなのですが、よい方法はないでしょうか?

動画授業のなかで文法に一番詳しいのは河合塾One
スタサプ、河合塾One、予備校と個別塾を徹底比較!

Q 勉強しても、古文の長文の意味が全く分からないのですが?

  1. 一、宇治拾遺物語・夢買ふ人)
  2. 二、宇治拾遺物語・夢買ふ人)
  3. 三、宇治拾遺物語・夢買ふ人)
  4. 四、児の空寝)
  5. 五、宇治拾遺物語・清明、蛙を殺すこと)
  6. 六、宇治拾遺物語・猟師、仏を射ること)
  7. 七、宇治拾遺物語・猟師、仏を射ること)
  8. 八、宇治拾遺物語・藤大納言忠家もの言ふ女、放屁の事)
  9. 九、宇治拾遺物語・博打の子、聟入の事)
  10. 十、宇治拾遺物語・博打の子、聟入の事)
  11. 十一、宇治拾遺物語・保昌と袴垂)
  12. 十二、宇治拾遺物語・秦兼久通俊卿の許に向かひて悪口の事)
  13. 十三、発心集・侍従大納言成道)
  14. 十四、古今著聞集・大江山)
  15. 十五、古今著聞集・たつみの権守、六波羅にて問注の事)
  16. 十六、古今著聞集・安養の尼の小袖)
  17. 十七、十訓抄・行成と実方)
  18. 十八、今昔物語集・明法博士善澄強盗に殺さるること)
  19. 十九、沙石集・歌ゆゑに命を失ふ事)
  20. 二十、沙石集・正直者の夫婦)
  21. 二十一、古本説話集・四條大納言公任色紙紙を書く事)
  22. 二十二、徒然草・仁和寺にある法師)
  23. 二十三、徒然草・ある人、弓射ることを習ふに)
  24. 二十四、徒然草・ある者、子を法師になして)
  25. 二十五、徒然草・をりふしの移り変はるこそ)
  26. 二十六、徒然草・をりふしの移り変はるこそ)
  27. 二十七、徒然草・九月二十日のころ)
  28. 二十八、徒然草・心なしと見ゆる者も)
  29. 二十九、徒然草・さしたることなくて)
  30. 三十、徒然草・世に語り伝ふること)
  31. 三十一、徒然草・いでや、この世に生まれては)
  32. 三十二、徒然草・家居のつきづきしく)
  33. 三十三、徒然草・これも仁和寺の法師)
  34. 三十四、方丈記・ゆく河の流れ)
  35. 三十五、方丈記・安元の大火)
  36. 三十六、方丈記・養和の飢饉)
  37. 三十七、方丈記・養和の飢饉)
  38. 三十八、枕草子・二月つごもりごろに)
  39. 三十九、枕草子・雪のいと高う降りたるを)
  40. 四十、枕草子・中納言参り給ひて)
  41. 四十一、枕草子・村上の先帝の御時に)
  42. 四十二、枕草子・すさまじきもの)
  43. 四十三、枕草子・すさまじきもの)
  44. 四十四、俊頼髄脳・天の川)
  45. 四十五、無名抄・深草の里)
  46. 四十六、万葉集)
  47. 四十七、古今和歌集)
  48. 四十八、新古今和歌集)
  49. 四十九、八代集)
  50. 五十、八代集)
  51. 五十一、土佐日記・馬のはなむけ)
  52. 五十二、土佐日記・亡児)
  53. 五十三、土佐日記・帰京)
  54. 五十四、更級日記・あこがれ)
  55. 五十五、更級日記・門出)
  56. 五十六、更級日記・物語)
  57. 五十七、更級日記・荻の葉)
  58. 五十八、和泉式部日記・夢よりも儚き世の中を)
  59. 五十九、建礼門院右京大夫集・三二三)
  60. 六十、蜻蛉日記)
  61. 六十一、右大将道綱母『蜻蛉日記』)
  62. 六十二、伊勢物語・梓弓)
  63. 六十三、伊勢物語・筒井筒)
  64. 六十四、伊勢物語・東下り)
  65. 六十五、伊勢物語・東下り)
  66. 六十六、伊勢物語・芥川)
  67. 六十七、伊勢物語・渚の院)
  68. 六十八、大和物語・姨捨)
  69. 六十九、大和物語・鹿鳴く声)
  70. 七十、竹取物語・かぐや姫の昇天)
  71. 七十一、竹取物語・かぐや姫の昇天)
  72. 七十二、竹取物語・かぐや姫の昇天)
  73. 七十三、平家物語・俊寛)
  74. 七十四、平家物語・俊寛)
  75. 七十五、平家物語・忠度の都落ち)
  76. 七十六、平家物語・忠度の都落ち)
  77. 七十七、平家物語・宇治川の先陣)
  78. 七十八、平家物語・宇治川の先陣)
  79. 七十九、雨月物語・浅茅が宿)
  80. 八十、堤中納言物語・虫めづる姫君)
  81. 八十一、堤中納言物語・虫めづる姫君)
  82. 八十二、大鏡・道真左遷)
  83. 八十三、大鏡・道真左遷)
  84. 八十四、大鏡・最後の除目)
  85. 八十五、大鏡・最後の除目)
  86. 八十六、大鏡・三船の才)
  87. 八十七、大鏡・競べ弓)
  88. 八十八、大鏡・若き日の道長)
  89. 八十九、大鏡・若き日の道長)
  90. 九十、大鏡・若き日の道長)
  91. 九十一、大鏡・花山院の出家)
  92. 九十二、大鏡・花山院の出家)
  93. 九十三、大鏡・宣燿殿の女御)
  94. 九十四、源氏物語・桐壺)
  95. 九十五、源氏物語・桐壺)
  96. 九十六、源氏物語・若紫)
  97. 九十七、源氏物語・若紫)
  98. 九十八、源氏物語・若紫)
  99. 九十九、源氏物語・須磨)
  100. 百、源氏物語・須磨)
  101. 百一、源氏物語・須磨)

一、宇治拾遺物語・夢買ふ人)


 昔、備中国に群司ありけり。それが子に、ひきのまき人といふ、ありけり。若き男にてありける時、夢を見たりければ、合はせさせ①むとて、夢解きの女のもとに行きて、夢合はせて後、物語してゐたるほどに、人々あまた声して来②なり。国守の御子の太郎君のおはするアなりけり。年は十七、八ばかりの男にておはしけり。A心ばへは知らず、容貌は清げイなり。人 四、五人ばかり B具したり。「これや夢解きの女のもと」と問へば、御供の侍、「これにて候ふ」と言ひて来れば、まき人は上の方の内に入りて部屋のあるに入りて、穴よりのぞきて見れば、この君入り給ひて、「夢をしかじか見つるウなり。いかなるぞ」とて語り聞かす。女聞きて、「よにいみじき夢エなり。必ず大臣まで成り上がり給ふ③べきオなり。返す返すめでたく御覧じて給ふ。Cあなかしこあなかしこ、人に語り給ふな」と申しければ、この君うれしげにて、衣を脱ぎて女に取らせて帰り④ぬ。

設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 波線部ア~オの「なり」のうち、他と文法的に異なるものを一つ選びなさい。

問三 二重傍線部A~Cの意味を答えなさい。

二、宇治拾遺物語・夢買ふ人)


 その折、まき人部屋より出て、女に言ふやう、「夢は取るといふことのある①なり。この君の御夢、我らに取ら②せア給へ。国守は四年過ぎぬれば帰り上り③ぬ。我は国人なれば、いつも長らへてあらむずる上に、郡司の子にてあれば、我をこそ大事に思は④め」と言へば、女、「イのたまは⑤むままに侍る⑥べし。さらば、おはしつる君のごとくにして入り給ひて、その語られつる夢を、つゆも違はず語り給へ」と言へば、まき人喜びて、かの君のありつるやうに入り来て、夢語りをしたれば、女同じやうに言ふ。まき人いとうれしく思ひて、衣を脱ぎて取らせて去り⑦ぬ。

設問
問一 傍線部①~⑦の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 波線部ア、イの敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意かを答えなさい。

問三 二重傍線部の意味を答えなさい。

三、宇治拾遺物語・夢買ふ人)


 その後、書を習ひ読みたれば、ただ通りに通りて、才ある人①になりぬ。おほやけ聞こし召して、試みらるるに、まことに才深くありければ、唐土へ、「物よくよく習へ」とて遣わして、久しく唐土にありて、さまざまの事ども習い伝へて帰りたりければ、帝、アかしこき者に思し召して、次第に成し上げ給ひて、大臣までになされ②にけり。
 されば、夢取ることは、げにイかしこきことなり。かの夢取らせたりし備中守の子は、司もなき者にてやみ③にけり。A夢を取られざらましかば、大臣までもなりなまし。さればB夢を人に聞かすまじきなりと言い伝へける。

設問
問一 傍線部①~③の「に」について、他と文法的に異なるものを一つ選びなさい。

問二 波線部ア、イの「かしこき」の意味を、それぞれ答えなさい。

問三 二重傍線部A、Bを現代語訳しなさい。

四、児の空寝)


今は昔、比叡の山に児ありけり。僧たち、宵のつれづれに、「いざ、かいもちひせむ。」と言ひけるを、この児、ア心寄せに聞きけり。さりとて、しいださむを待ちて寝ざらむも、わろかりなむと①思ひて、片方に寄りて、イ寝たるよしにて、②いで来るを待ちけるに、すでにしいだしたるさまにて、③ひしめき合ひたり。この児、ウ定めて驚かさむずらむと待ちゐたるに、僧の、「もの申しさぶらはん。エ驚かせたまへ。」と言ふを、うれしとは④思へども、ただ一度にいらへんも、 待ちけるかともぞ⑤思ふとて、今一声呼ばれていらへむと、オ念じて寝たるほどに、「や、カな起こしたてまつりそ。幼き人は寝入りたまひにけり。」と言ふ声のしければ、あなわびしと⑥思ひて、今一度起こせかしと、思ひ寝に聞けば、ひしひしとただ食ひに食ふ音のしければ、ずちなくて、キ無期ののちに、「えい。」といらへたりければ、僧たち笑ふことかぎりなし。

設問
問一 傍線部①~⑥の動作の主体を答えなさい。

問二 傍線部⑤の「思ふ」の活用形を答えなさい。

問三 二重傍線部ア~キを現代語に訳しなさい。

問四 この話が収められている文学作品の名前を漢字で書きなさい。

五、宇治拾遺物語・清明、蛙を殺すこと)


この晴明、ある時、廣澤僧正の御坊に参りて、物申しうけたまはりける間、若僧共の晴明にいふやう、「式神を使ひ給ふ①なるは、たちまちに人をば殺し給ふや。」といひければ、「ア易くはえ殺さじ。イ力を入れて殺してむ」といふ。「さて、虫なんどをば、少しの事せ②むに、必ず殺し③つべし。さて生くるやうを知ら④ねば、罪を得つべければ、ウさやうの事よしなし」といふ時に、庭に蛙の出で来て、五つ六つばかり躍りて、池の方ざまへ行きけるを、「あれ一つ、さらば殺し給へ、こころみむ」と僧の言ひければ、「罪を作り給ふ御坊かな。エされどもこころみ給へば、殺して見せ奉らむ」とて、草の葉を摘み切りて、物を誦むやうにして、蛙の方に投げ遺りければ、その草の葉の、蛙の上にかかりければ、蛙眞平にひしげて死にたりけり。これを見て、オ僧どもの色変りて、怖しと思ひけり。家の中に人なきをりは、この式神を使ひける⑤にや。人も無きに、蔀を上げ下げし、門をさしなどしけり。

設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア、イ、エを現代語に訳しなさい。

問三 二重傍線部ウを、「さやうの事」の内容を明らかにしつつ現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部オについて、
(1) 現代語に訳しなさい。

 (2)なぜそうなったのか、簡潔に説明しなさい。

六、宇治拾遺物語・猟師、仏を射ること)


 昔、愛宕の山に、久しくア行ふ聖ありけり。イ年ごろ行ひて、坊を出づる事なし。西の方に猟師あり。この聖を貴みて、常にはまうでて、物奉りなどしけり。久しく参りざりければ、餌袋に干飯など入れて、まうでたり。聖悦びて、日ごろのおぼつかなさなどのたまふ。その中に、居寄りてのたまふやうは、「この程いみじく貴き事あり。この年ごろ、他念なく経をたもち奉りてある験やらん、この夜ごろ、普賢菩薩象に乗りて見え給ふ。今宵とどまりて拝み給へ」と言ひければ、この猟師、「世に貴き事にこそ候ふなれ。さらば泊りて拝み奉ら①ん」とてとどまりぬ。
 さて聖の使ふ童のあるに問ふ、「聖のたまふやう、いかなる事ぞや。おのれも、この仏をば拝み参らせたりや」と問へば、童は、「五六度ぞ見奉りて候ふ」といふに、猟師、我も見奉る事もやあるとて、聖の後に、いねもせずして起き居たり。九月二十日の事なれば、夜も長し。今や今やと待つに、夜半過ぎ②ぬらんと思ふほどに、東の山の嶺より、月の出づるやうに見えて、嶺の嵐もウすさまじきに、この坊の内、光さしいりたるようにて明かくなりぬ。見れば、普賢菩薩象に乗りて、やうやうおはして、坊の前に立ち給へ③り。

設問
問一 傍線部①~③の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア~ウの意味を答えなさい。

問三 波線部について、誰のどういうことを指して「おぼつかなさ」と言っているのか説明しなさい。

七、宇治拾遺物語・猟師、仏を射ること)


 聖泣く泣く拝みて、「いかに、ぬし殿は拝み奉るや」と言ひければ、「いかがは。この童も拝み奉る。をいをい、いみじう貴し」とて、猟師思ふやう、聖は年ごろ経をもたもち読み給へばこそ、その目ばかりに見え給はめ、この童、我が身などは、経の向きたる方も知ら①ぬに、ア見え給へ②るは、心得られぬ事なりと、心のうちに思ひて、この事試み③てん、これ罪得べき事にあらずと思ひて、とがり矢を弓につがひて、聖の拝み入りたる上よりさし越して、弓を強く引きて、ひやうと射たりければ、御胸の程に当るやうにて、火を打ち消つごとくにて、光も失せ④ぬ。谷へとどろめきて、逃げ行く音す。
 聖、「これはいかにし給へるぞ」と言ひて、泣き惑ふこと限りなし。男申しけるは、「イ聖の目にこそ見え給はめ、我が罪深き者の目に見え給へば、試み奉らんと思ひて、射つるなり。実の仏ならば、ウよも矢は立ち給はじ。されば怪しき物なり」といひけり。夜明けて、血をとめて行きて見ければ、一町ばかり行きて、谷の底に大なる狸、胸より尖矢を射通されて、死して伏せりけり。聖なれど、無知なれば、かやうに化されけるなり。猟師なれども、おもんぱかりありければ、狸を射害し、その化をあらはしけるなり。

設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア~ウを現代語訳しなさい。

問三 波線部について、何が「罪深き」なのか説明しなさい。

八、宇治拾遺物語・藤大納言忠家もの言ふ女、放屁の事)


 今は昔、藤(とうの)大納言(だいなごん)忠家(ただいへ)といひける人、いまだA殿上人にBおはしけるとき、美々しき色好みなりける女房ともの言ひて、夜ふくるほどに、月は昼よりもあかかりけるに、堪へかねて、御簾(みす)をうちかづきて、長押(なげし)の上にのぼりて、肩をかきて、引き寄せ1られけるほどに、髪をふりかけて、「あな、さまあし」と言ひて、くるめきけるほどに、Cいと高く鳴らしてけり。女房はいふにも堪へず、くたくたとして、寄り臥し2にけり。
 この大納言、「心憂きことにもあひぬるものかな。世にありてもア何にかはせん。出家せ3ん」とて、御簾の裾(すそ)をすこしかきあげて、ぬき足をして、イ疑ひなく、出家せんと思ひて、二間ばかりは行くほどに、そもそも、その女房過ちせ4んからに、出家すべきやうやはあると思ふ心またつきて、ただただと、走り出で5られにけり。ウ女房はいかがなりけん、知らずとか。

設問
問一 傍線部1~5の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部Aについて、
  (1)読みを平仮名・現代仮名遣いで答えなさい。

  (2)「殿」とはどこか、答えなさい。

問三 二重傍線部Bについて、敬語の種類と、誰から誰への敬意なのかを答えなさい。

問四 二重傍線部Cはいくつの単語から成立しているか答えなさい。

問五 波線部ア~ウを現代語訳しなさい。

問六 本文中に、「 」がつけられていない大納言の心中描写が二箇所ある。後者の最初と最後の5文字を答えなさい。

九、宇治拾遺物語・博打の子、聟入の事)


 昔、博打の子1の年若きが、目鼻一所にとり寄せたるやうにて、世の人にも似①ぬありけり。ふたりの親、これいかにして世にあらせんずると思ひてありけるところに、長者の家にAかしづく女のありけるに、顔よからん聟とらんと、母2の求めけるを伝へ聞きて、「天の下の顔よしといふ人、聟にならんと宣ふ」と言ひければ、長者、よろこびて、「聟にとら②ん」とて、日をとりて契り③てけり。その夜になりて、裝束など人に借りて、月は明かかりけれど、顔見えぬやうにもてなして、B博打ども集まりてありければ、人々しくおぼえて、心にくく思ふ。
 さて、夜々行くに、ア昼ゐるべきほどになり④ぬ。いかがせんと思ひめぐらして、博打一人、長者の家の天井に上りて、二人寝たる上3の天井を、ひしひしと踏みならして、いかめしく恐ろしげなる声にて、「天の下の顔よし」と呼ぶ。家の内の者ども、いかなることぞと聞きまどふ。聟、いみじくおぢて、「おのれをこそ、世の人、『天の下の顔よし』といふと聞け。いかなることなら⑤ん」といふに、三度まで呼べば、いらへつ。「これはいかにいらへつるぞ」と言へば、「C心にもあらで、いらへつるなり」と言ふ。鬼のいふやう、「Dこの家のむすめは、わが領じて三年になりぬるを、汝、いかに思ひて、かくは通ふぞ」と言ふ。「さる御事とも知らで、かよひ候ひつる⑥なり。ただ御助け候へ」と言へば、鬼、「いといと憎きことなり。一言して帰らん。汝、命とかたちと、いづれか惜しき」と言ふ。聟、「いかがいらふべき」といふに、舅、姑、「E何ぞの御かたちぞ。命だにおはせば。イ『ただかたちを』とのたまへ」と言へば、教へのごとくいふに、鬼「さらば吸ふ吸ふ」と言ふ時に、聟、顔をかかへて、「あらあら」と言ひて、臥しまろぶ。鬼はあよび帰りぬ。

設問
問一 傍線部1~3の「の」の用法を答えなさい。

問二 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問三 二重傍線部A~Eを現代語訳しなさい。

問四 波線部アについて、「昼ゐるべきほど」とは具体的にはどういうことか、説明しなさい。

問五 波線部イについて、「ただかたちを」の後に省略されている言葉を補って現代語訳しなさい。

十、宇治拾遺物語・博打の子、聟入の事)


 さて「顔はいかがなりたる、見ん」とて、紙燭をさして、人々見れば、目鼻ひとつ所にとり据ゑたるやうなり。聟は泣きて、「ただ、命とこそ申すべかりけれ。かかるかたちにて、世の中にありては何かせん。1かからざりつるさきに、顔を一度見え奉らで、2おほかたは、かく恐ろしきものに領ぜられたりける所に参りける、過ちなり」とかこちければ、舅、いとほしと思ひて、「このかはりには、我が持ちたる宝を奉らん」と言ひて、3めでたくかしづきければ、嬉しくてぞありける。「所の悪しきか」とて、別によき家を造りてすませければ、いみじくてぞありける。

設問
問一 傍線部1を、具体的な内容がわかるように現代語訳しなさい。

問二 傍線部2を現代語訳しなさい。

問三 傍線部3を現代語訳しなさい。

問四 この文章(大問七、八)の主題を、簡潔に説明しなさい。

十一、宇治拾遺物語・保昌と袴垂)


 昔、袴垂とて、いみじき盗人の大将軍ありけり。十月ばかりに、衣の用なりければ、ア衣少しまうけむとて、さるべき所々、うかがひありきけるに、夜中ばかりに、人、みな静まり果てて後、月の朧なるに、衣、あまた着たるなる主①の、指貫②のそば挟みて、絹の狩衣めきたる着て、ただ一人、笛吹きて、行きもやらず、練り行けば、「あはれ、これこそ、われに絹得させむとて、イ出でたる人なめり」と思ひて走りかかりて、衣をはがむと思ふに、あやしくものの恐ろしく覚えければ、添いて、二、三町ばかり行けども、ウわれに人こそ付きたると思ひたる気色もなし。いよいよ笛を吹きて行けば、試みむと思ひて、足を高くして、走り寄りたるに、笛を吹きながら見返りたる気色、取りかかるべくも覚えざりければ、走りのきぬ。
 かやうに、あまたたび、とざまかうざまにするに、エつゆばかりも騒ぎたる気色なし。希有の人かなと思ひて、十余町ばかり具して行く。オさりとてあらむやはと思ひて、刀を抜きて、走りかかりたるときに、そのたび、笛を吹きやみて、たち帰りて、「こは、何者ぞ。」と問ふに、心も失せて、われにもあらで、つい居られぬ。また、「いかなる者ぞ。」と問へば、カ今は逃ぐとも、よも逃がさじと覚えければ、「ひはぎにさぶらふ。」と言へば、「何者ぞ。」と問へば、「字、袴垂となむ、言はれさぶらふ」と答ふれば、「さいふ者ありと聞くぞ。あやふげに、希有のやつかな。」と言ひて、「ともに、まうで来。」とばかり、言ひかけて、また、同じやうに、笛吹きて行く。
 この人③の気色、今は逃ぐとも、よも逃がさじと覚えければ、鬼に神取られたるやうにて、ともに行くほどに、家に行き着きぬ。いづこぞと思へば、摂津前司保昌といふ人なりけり。家のうちに呼び入れて、綿厚き衣一つを賜りて、「衣の用あらむときは、参りて申せ。心も知らざらむ人に取りかかりて、汝、過ちすな。」とありしこそ、キあさましく、むくつけく、恐ろしかりしか。いみじかりし人のありさまなりと、捕らへられて後、語りける。

設問
問一 傍線部①~③の「の」用法を説明しなさい。

問二 二重傍線部ア~キを現代語訳しなさい。

十二、宇治拾遺物語・秦兼久通俊卿の許に向かひて悪口の事)


 今は昔、治部(ぢぶ)卿通(みち)俊(とし)卿、御拾遺を選ばれける時、秦兼(はたのかね)久(ひさ)、行き向かひて、アおのづから歌などや入ると思ひてうかがひけるに、治部卿、出でゐて物語して、「いかなる歌か詠みたる」といはれければ、「イはかばかしき候はず。後三条院かくれ①させ給ひて後、円宗寺に参りて候ひしに、花のにほひは昔にも変らず侍り②しかば、つかうまつりて候ひしなり」とて、
  去年見しに色も変らず咲きにけりウ花こそものは思はざりけれ
とこそつかうまつりて候ひしか」といひければ、通俊の卿、「よろしく詠みたり。ただし、けれ、けり、けるなどいふことは、いとしもなきことばなり。それはさることにて、花こそといふ文字こそ女の童などの名にし③つべけれ」とてエいともほめられざりければ、ことば少なに立ちて、侍どもありける所に、「この殿はオ大方歌の有様知り給はぬにこそ。かかる人の撰集承りておはするは、あさましきことかな。四条大納言歌に、
   春来てぞ人もとひけるカ山里は花こそ宿のあるじなりけれ
と詠み給へ④るは、めでたき歌とてキ世の人口(ひとぐち)にのりて申すめるは。その歌に、人もとひけるとあり、また、宿のあるじなりけれとあめるは。花こそといひたるは、それには同じさまなるに、いかなれば、四条大納言のはめでたく、兼久がはわろかるべきぞ。かかる人の撰集承りて選び給ふ、あさましき事なり」といひて出でにけり。
 侍、通俊のもとへ行きて、兼久こそかうかう申して出でぬれ、と語りければ、治部卿うちうなづきて、「クさりけり、さりけり。物ないひそ」といは⑤れけり。

設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部ア、イ、エ、オ、キを現代語に訳しなさい。

問三 傍線部ウとあるが、なぜそのように詠んだのか、説明しなさい。

問四 傍線部カとあるが、なぜそのように詠んだのか、説明しなさい。

問五 通俊によれば、兼久の和歌の欠点はどのようなところにあるのか。二点にまとめて簡潔に説明しなさい。

問六 通俊が傍線部クのように言ったのはなぜか、説明しなさい。

十三、発心集・侍従大納言成道)


 侍従大納言成道の卿、アそのかみ九歳にて、瘧病(わらはやみ)し給ひけり。イ年ごろ祈りける某(なにがし)僧都とかやいふ人を呼びて祈らせけれど、ウかひなく発(おこ)りければ、父の民部卿エことに嘆き給ひて、傍らに添ひゐて、見扱ひ給ふ間に、母君と言ひ合はせつつ、「さりとて、オいかがはせん。この度は、カこと僧をこそ呼ば1め。いづれかよかる2べき」など①宣ひけるを、この稚児(ちご)臥しながら聞きて、民部卿に聞こえ給ふ。「なほこの度は、僧都を呼び給へかしと思ふなり。その故は、乳母(めのと)などの申すを聞けば、まだ腹の内なりける時より、この人を祈りの師と頼みて、生まれて今九つになるまで、   キことゆゑなくて侍るは、ひとへにかの人の徳なり。それに、今日この病によりて、口惜しく②思は3んことのいと不便に侍るなり。もしこと僧を呼び給ひたらば、たとひ落ちたりとも、なほ本意にあらず。ク況(いはん)や、必ず落ちんこともかたし。さりとも、これにて死ぬる程のことはケよも侍らじ。我を思さば、幾度もなほこの人を③呼び給へ。つひには、さりとも止みな4ん」と、コ苦しげなるをためらひつつ、聞こえ給ふに、民部卿も母上も、涙を流しつつ、「あはれに思ひよせたり、A幼き思ひはかりには劣りてけり」とて、またの当り日、僧都を呼びて、ありのままにこの次第を語り給ふ。「隠し奉る5べきことに侍らず。サ御ことをおろかに思ふにはあらねども、かれがなやみ煩ひ侍る気色を見るに、シ心もほれて、思され6んことも知らず、Bしかじかのことを内々に申すを知りて、この幼き者のかく申し侍るなり」と涙をおし拭(のご)ひつつ語り給ふに、ス僧都おろかに思されんや。その日、ことに信を致し、泣く泣く祈り給ひければ、際やかに落ち給ひにけり。
 この君は、幼くよりかかる心を持ち給ひて、君に仕うまつり、人に交はるにつけても、ことに触れつつ情け深く、優なる名を止め給へるなり。

設問
問一 傍線部1~6の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア~スを現代語訳しなさい。

問三 傍線部①~③の動詞の主語を答えなさい。

問四 波線部Aについて、何が何に劣ったというのか、簡潔に説明しなさい。

問五 波線部Bの具体的な内容を示す一文を、本文中から書き抜きなさい。

問六 『発心集』の筆者を漢字で書きなさい。

十四、古今著聞集・大江山)


和泉式部、保昌がA妻にて丹後に下りけるほどに、京に歌合ありけるに、小式部内侍、 歌よみにとられてよみけるを、定頼の中納言、たはぶれに小式部内侍に、「丹後へつかはしける人は参り   ①にたりや。」と言ひ入れて、局の前を過ぎられけるを、小式部内侍、B御簾よりなかば出でて、   C直衣の袖をアひかへて、

 X 大江山いくのの道の遠ければまだふみもみず天橋立

とよみかけけり。思はず②にあさましくて、「こはいかに。」とばかり言ひて、 返しにも及ばず、袖をひきはなちて逃げられ③にけり。 小式部、これよりイ歌よみの世おぼえ出で来④にけり。

設問
問一 傍線部①~④の「に」の中から、他と文法的に異なるものを一つ選びなさい。

問二 波線部A~Cの漢字の読みを、平仮名、古典的仮名遣いで答えなさい。

問三 二重傍線部ア、イの意味を答えなさい。

問四 文中のXの和歌から、掛詞を二つ指摘し、それぞれ何と何がかかっているのか答えなさい。

十五、古今著聞集・たつみの権守、六波羅にて問注の事)


 松尾の神主頼安がもとに、たつみの権守といふ翁ありけり。わづかに田を持ちたりけるに、相論のことありて、六波羅にてA問注すべきに定まり1にけり。その日になりて出で2ぬ。この主はB猛におこがましき者なりければ、いかなることかし出でんずらんと、神主思ひゐたるに、晩頭に、この権の守、神主が家の前を通りけり。
神主呼び入れて、「いかに問注はしなしたるぞ。おぼつかなくて待ちゐたるに、などよそには過ぎ侍るぞ。」と言ひければ、権守居直りて、過失なげなるけしきにて、「なじかはつかうまつり損じ候ふ3べき。これほど道理顕然のことなれば、一々につまびらかに申して候へば、敵口を閉ぢて申す旨なく候ふ。これほどに心地よく詰め伏せたることこそ候は4ね。あはれ、C聞かせ給ひて候はば、御感は被り候ひなまし。人々も耳をすましてこそ候ひつれ。」と、扇開き使ひてゆゆしげにいひければ、神主うちうなづきて、「Dさては心やすく侍り。今はこと定まりぬれば、いかなら5む世までも、件の田は相違ある6まじ」などいへば、権守Eとりもあへず、「いや、田におきては早く取られぬ」と言ひたりけるおかしさこそ。さては、さは何ごとをゆゆしく言ひたりける7にか。ふしぎのをこの者なり。

設問
問一 傍線部1~7の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部A~Eを現代語訳しなさい。

問三 波線部について、何が「おぼつかなくて」だったのか説明しなさい。

十六、古今著聞集・安養の尼の小袖)


横川の恵心僧都の妹、安養の尼のもとに強盗入り①にけり。物どもみな取りて出でにければ、尼上は紙衾といふものアばかりをひき着てゐら②れたりけるに、姉なる尼のもとに、小尼公とてありけるが、走り参りて見ければ、小袖を一つ取り落としたりけるを取りて、
「これを盗人とり落としてA侍りけり。イ奉れ。」
とて持ちて来たりければ、尼君の言はれけるは、
「これも取りてのちは、わが身とこそ思い③つらめ。主の心ゆかざらん物をばいかが着ける。盗人はいまだ遠くはウよも行かじ。とくとく持ちてBおはしまして、取らさせ給へ。」
とありければ、門のかたへ走り出でて、
「やや。」
と呼び返して、
「これを落とさ④れけり。たしかにエ奉らん。」
と言ひければ、盗人ども立ち止まりて、しばし案じけるオ気色にて、
「悪しく参りにけり。」
とて、取りたりける物どもをも、カさながら返し置きて帰りにけりとなん。

設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部A、Bの敬語について、敬語の種類と、敬意の対象を答えなさい。

問三 傍線部ア~カを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部について、具体的な内容がわかるように現代語に訳しなさい。

十七、十訓抄・行成と実方)


 大納言行成卿、いまだA殿上人にてaおはしけるとき、実方の中将、いかなる憤りかあり①けん、殿上に参り合ひて、言ふこともなく、行成の冠を打ち落として、小庭に投げ捨て②てけり。
 行成少しも騒がずして、B主殿司をb召して、「冠取りて参れ。」とて、冠して、 守刀より笄抜き出だして、鬢かいつくろひて、居直りて、「いかなることにて候ふやらん。たちまちにかうほどの乱罰にあづかるべきことこそ、おぼえ侍ら③ね。そのゆゑを承りて、のちのことにや侍る④べからん。」と、ことうるはしく言はれけり。実方はしらけて、逃げ⑤にけり。
 折しも、C小蔀より主上c御覧じて、「行成はいみじき者なり。かくおとなしき心あらんとこそ思はざり⑥しか。」とて、そのたびD蔵人頭空きけるに、多くの人を越えて、なされにけり。実方をば、中将を召して、「歌枕見て参れ。」とて、陸奥守になしてぞつかはされける。やがてかしこにて失せにけり。
 実方、蔵人頭にならでやみにけるを恨みて、執とまりて、雀になりて、殿上のE小台盤を食ひけるよし、人言ひけり。
 一人は忍に耐へざるによりて前途を失せ、一人は忍を信ずるによりて褒美にあへるたとへなり。

設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 波線部a~cの敬語について、敬語の種類と敬意の対象を答えなさい。

問三 二重波線部A~Eの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

問四 二重傍線部を現代語訳しなさい。

十八、今昔物語集・明法博士善澄強盗に殺さるること)


今は昔、明法博士にて助教清原の善澄という者ありけり。ア道の才はならびなくして、古(いにしへ)の博士にも劣ら①ぬ者②にてぞありける。年七十にあまりて、世の中に用ひ③られてなむありける。それが家ごく貧しかりければ、よろづ叶はでぞ過ぎける。
しかる間、居たる家に強盗入りけり。賢く構へて、善澄逃げて板敷の下に這ひ入り④にければ、盗人もイえ見つけずなりぬ。盗人入り立て、心に任せて物を取りて、物を破り打がはめかし踏み壊ち、ウののしりて出でにけり。
その時に、善澄板敷の下より急ぎ出て、盗人の出でぬる後に、門に走り出でて音をあげて、「やや、おのれ等、しや顔ども皆見つ。エ夜明けむままに検非違使の別当に申して、オ片端より捕へさせてむとす」と、ごくねたくおぼえけるままに、叫びて門を叩きて言ひければ、盗人これを聞きて、「これ聞け、おのれ等。去来返りて、これ打殺し⑤てむ」と云て、はらと走り返りければ、善澄手をまどはして、家へ逃げ入て、板敷の下に急ぎ入らむとするに、まどひて入るほどに、額を縁に突きてきともえ入りざりければ、盗人走り来て、取りて引き出て、大刀をもて頭を散々に打り破りて殺し⑥てけり。さて、盗人は逃げにければ、いふかひなくてやみにけり。
善澄、才はめでたかりけれども、つゆ大和魂(やまとだましひ)なかりける者にて、カかかる心幼き事を言ひて死ぬるなりとぞ、聞きと聞く人に言ひ謗(そし)られけるとなむ語り伝へたるとや。

設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部アと対比的に用いられている言葉を文中より一語で抜き出し、その意味を簡潔に説明しなさい。

問三 二重傍線部イ~オを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部カとあるが、具体的にはどういうことか、わかりやすく説明しなさい。

十九、沙石集・歌ゆゑに命を失ふ事)


天徳の御歌合のとき、兼盛、忠見、ともに御随身にて左右につい①てけり。初恋という題を給はりて、忠見、名歌よみ出だしたりと思ひて、兼盛もいかでこれほどの歌よむべきとぞ思ひける。
恋すてふアわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思いそめ②しか
さて、すでに御前にて講じて、判ぜられけるに、兼盛が歌に、
イつつめども色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで
判者ども、名歌なりければ、ウ判じわづらひて、エ天気をうかがひけるに、帝、忠見が歌をば、両三度御詠ありけり。兼盛が歌をば、多反御詠ありけるとき、天気左にありとて、兼盛勝ち③にけり。忠見、心憂くおぼえて、胸ふさがりて、不食の病つきてけり。頼みなきよし聞きて、兼盛オとぶらひければ、「別の病にあらず。御歌合のとき、名歌よみ出だしておぼえ侍りしに、殿の『ものや思ふと人の問ふまで』に、あはと思ひて、あさましくおぼえしより、カ胸ふさがりて、かう重り侍り④ぬ」と、つひにみまかりにけり。
キ執心こそよしなけれども、道を執するならひ、あはれにこそ。ともに名歌にて、拾遺に入りて侍る⑤にや。

設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア~オ及びキを現代語に訳しなさい。

問三 二重傍線部カとあるが、忠見は自らの病の原因をどう捉えているというのか、簡潔に説明しなさい。

問四 本文中の「忠見」とは壬生忠岑の息子である。壬生忠岑が編纂に携わった勅撰和歌集の名前を、漢字で答えなさい。

二十、沙石集・正直者の夫婦)


近年の帰朝の僧の説とて、ある人の語りしは、唐土(もろこし)に卑しき夫婦あり。餅を売りて世を渡りけり。
夫、道のほとりにして餅を売りけるに、人の袋を落としたりけるを取りて見れば、銀の軟挺(なんてい)六つありけり。家にもちて帰り①ぬ。妻心すなほに欲なき者にて、「ア我等はあきなうてすぐれば事もかけず。此の主いかばかり歎き求む②らむ。いとほしき事なり。主を尋ねて返し給へ」と言ひければ、「まことに」とて、あまねくふれけるに、主といふもの出て来て、これを得てあまりに嬉しくて、「三をば奉らむ」と言ひて、既に分つべかりける時、思ひかへして、煩(わづら)ひを出さん為に、「イ七こそありしに、六あるこそ不審なれ。一をばかくされたる③にや」と言ふ。「さる事なし、もとより六④なり」と論ずる程に、はては国の守のもとにて、これをことわら⑤しむ。国の守、眼さかしくして、此の主は不実のもの、此の男は正直のものと見ながら、なほ不審なりければ、ウかの妻を召して、別の所にして、事の子細を尋ぬるに、夫が申し状にすこしもたがはず。此の妻は極めたる正直のものと見て、かの主の不実の事たしかなりければ、国の守の判にいはく、「此の事たしかの証拠なければ判じがたし。ただしともに正直の者と見えたり。夫妻又詞たがはず。主の詞も正直にきこゆれば、七あら⑥む軟挺を尋ねてとる⑦べし。エこれは六あれば、別の人にこそ」とて、オ六つながら夫婦にたびけり。宋朝の人、いみじき成敗とぞ、あまねくほめののしりける。心直ければおのづから天の与へて宝を得たり。心まがれるは、冥(みやう)とがめて財を失ふ。此の理すこしもたがふべからず。返す返すも心は清くすなほなる⑧べきものなり。

設問
問一 傍線部①~⑧の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア、オを現代語に訳しなさい。

問三 二重傍線部イについて、
(1)現代語に訳しなさい。

(2)なぜこのように言うのか、その意図を簡潔に説明しなさい。

問四 二重傍線部ウとあるが、なぜこのようなことをするのか、その意図を簡潔に説明しなさい。

問五 二重傍線部エと国守が発言した意図を、簡潔に説明しなさい。

二十一、古本説話集・四條大納言公任色紙紙を書く事)


 今は昔、(注1)女院、内裏へはじめて入ら①せおはしましけるに、御屏風どもをせさせ給ひて、歌よみどもに詠ま②せさせ給ひけるに、四月、藤の花おもしろく咲きたりけるひらを、(注2)四条大納言あたりて詠み給ひけるに、その日になりて、人々歌ども持てまゐりたりけるに、ア大納言遅くまゐりたりければ、御使して、遅きよしをたびたび仰せられつかはす。権大納言行成、御屏風たまはりて、書くべきよしなしA給ひければ、いよいよ立ち居待たせB給ふほどに、まゐりC給へ③れば、「歌詠みども、はかばかしき歌どもえ詠み出で④ぬに、イさりとも」と、誰も心にくがりけるに、ウ御前にまゐり給ふや遅きと、(注3)殿の「いかにぞ、あの歌は。遅し」と仰せ④られければ、「さらにはかばかしくつかまつらず。エ悪くてたてまつりたらむは、まゐらせぬには劣りたることなり。歌詠むともがらの、すぐれたらむ中に、はかばかしからぬ歌書かれたら⑤む、オ長き名に候ふべし」とやうに、いみじく逃れ申し給へど、殿、「あるべきこと⑥にもあらず。カ異人の歌なくてもありなむ。御歌なくは、大方、色紙形を書くまじきことなり」などまめやかに責め申させ給へば、大納言、「いみじく候ふわざかな。此度は、誰もえ詠みえぬたびに侍るめり。中にも、永任をこそ、さりともと思ひD給へつるに、『岸のやなぎ』ということを詠みたれば、いと異様なることなりかし。これらだにかく詠みそこなへば、公任はえ詠み侍らぬもことわりなれば、キ許したぶべきなり」とさまざまに逃れ申し給へど、殿あやにく責めさせ給へば、大納言いみじく思ひわづらひて、懐より陸奥紙(みちのくがみ)に書きてたてまつり給へば、ひろげて前に置かせ給ふに、帥(そち)殿(どの)よりはじめて、そこらの1上達部・2殿上人、心にくく思ひければ、「さりとも、この大納言故なくは詠み給はじ」と思ひつつ、いつしか帥殿読み上げ給へば、
  クむらさきの雲とぞみゆる藤の花いかなる宿のしるしなるらむ
と読み上げ給ふを聞きてなむ、ほめののしりける。大納言も、殿をはじめ、みな人いみじと思ふ気色を見給ひて、「今なむ、ケ胸すこし落ちゐ侍りぬる」など、申し給ひける。
 (注1)藤原彰子。道長の娘。 (注2)藤原公任。 (注3)藤原道長。

設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部A~Dの敬語について、敬語の種類と敬意の対象を答えなさい。

問三 波線部1、2の漢字の読みを、平仮名・現代仮名遣いで答えなさい。

問四 二重傍線部ア、エ、オ、カ、ケを現代語に訳しなさい。

問五 二重傍線部イとはどのようなことを言っているのか、簡潔に説明しなさい。

問六 二重傍線部ウを、主語を明確にしつつ現代語に訳しなさい。

問七 二重傍線部キを公任が言う理由を簡潔に説明しなさい。

問八 二重傍線部クとは、何を暗示したものか、具体的に説明しなさい。

二十二、徒然草・仁和寺にある法師)


 仁和寺にある法師、年寄るまで、石(いは)清水(しみず)を拝ま A ければ、ア心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとり、B徒歩よりまうでけり。極楽寺・高良(かうら)などを拝みて、イかばかりと心得て帰り   ①にけり。さて、ウかたへの人にあひて、「エ年頃思ひ②つること、果し侍り③ぬ。聞きしにも過ぎて、尊くこそおはしけれ。そもオ参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かあり④けん。カゆかしかりしかど、神へ参るこそC本意なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。
 すこしのことにも、先達はあらまほしき事なり。

設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 空欄Aに、助動詞「ず」を活用させて入れなさい。

問三 傍線部B、Cの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

問四 二重傍線部ア、ウ、エ、カを現代語に訳しなさい。

問五 二重傍線部イとあるが、何が「かばかり」なのか説明しなさい。

問六 二重傍線部オとあるが、なぜ皆山に登っていたのか、説明しなさい。

二十三、徒然草・ある人、弓射ることを習ふに)


ある人、弓射ることを習ふに、ア諸矢をたばさみて的に向かふ。師のいはく、「初心の人、二つの矢を持つことなかれ。 のちの矢をイ頼みて、初めの矢にウなほざりの心あり。毎度ただ得失なく、エこの一矢に定むべしと思へ。」と言ふ。わづかに二つの矢、師の前にて一つをオおろかにせ①んと思は②んや。 カ懈怠の心、みづから知らずといへども、師これを知る。この戒め、万事にわたるべし。
道を学する人、夕べには朝あらんことを思ひ、朝には夕べあらんことを思ひて、かさねてねんごろに修せんことを期す。キいはんや一刹那のうちにおいて、懈怠の心あることを知らんや。なんぞ、ただ今の一念において、ただちにすることのはなはだ難き。

設問
問一 傍線部①、②の「ん」の文法的意味をそれぞれ答えなさい。

問二 傍線部ア~キを現代語に訳しなさい。

二十四、徒然草・ある者、子を法師になして)


ある者、子を法師になして、「学問して因果の理をも知り、説経などしてア世渡るたづきともせよ」と言ひければ、教のままに、説経師にならんために、先づ、馬に乗り習ひけり。輿・車は持た①ぬ身の、導師に請ぜられ②ん時、馬など迎へにおこせたら③んに、桃尻にて落ちな④んは、イ心憂かる⑤べしと思ひけり。次に、仏事の後、酒など勧むる事あらんに、ウ法師の無下に能なきは、檀那すさまじく思ふべしとて、早歌といふことを習ひけり。二つのわざ、エやうやう境に入りければ、いよいよよくしたく覚えて嗜みけるほどに、説経習うべき隙なくて、年寄りにけり。
この法師のみにもあらず、世間の人、オなべて、この事あり。若きほどは、諸事につけて、身を立て、大きなる道をも成じ、能をも附き、学問をもせ⑥んと、行末久しくあらます事ども心には懸けながら、世を長閑に思ひて打ち怠りつつ、先づ、差し当りたる、目の前の事のみに紛れて、月日を送れば、事々成す事なくして、カ身は老いぬ。終に、物の上手にもならず、思ひしやうに身をも持たず、キ悔ゆれども取り返さるる齢ならねば、走りて坂を下る輪の如くに衰へ行く。
されば、一生の中、むねとあらまほしからん事の中に、いづれか勝るとよく思ひ比べて、第一の事を案じ定めて、その外は思ひ捨てて、一事を励むべし。一日の中、一時の中にも、数多の事の来らん中に、少しも益の勝らん事を営みて、その外をば打ち捨てて、大事を急ぐ⑦べきなり。何方をも捨て⑧じと心に取り持ちては、一事も成るべからず。

設問
問一 傍線部①~⑧の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部ア~キを現代語に訳しなさい。

問三 本文における筆者の主張を簡潔にまとめなさい。

二十五、徒然草・をりふしの移り変はるこそ)


 折節の移りかはるこそ、ものごとにあはれⅠなれ。 
 「もののあはれは秋こそまされ」と、人ごとに言ふめれど、それもさるものにて、今ひときは心も浮きたつものは、春の気色にこそあめれ。鳥の声などもことの外に春めきて、のどやかⅡなる日影に、垣根の草もえいづるころより、やや春ふかく( A )わたりて、花もやうやうけしきだつほどこそあれ、折しも雨風うちつづきて、心あわただしく散り過ぎぬ。青葉になり行くまで、よろづにただ心をのみぞ悩ます。花橘は名にこそおへれ、なほ、梅の匂ひにぞ、いにしへの事も立ちかへり恋しう思ひいで①らるる。山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて、思ひすてがたきこと多し。
 「A灌仏の頃、祭の頃、若葉のこずゑ涼しげに茂りゆくほどこそ、世のあはれも、人の恋しさもまされ」と、人の仰せられ②しこそ、げにさるものなれ。五月、( B )ふく頃、早苗とるころ、B水鶏のたたくなど、心ぼそから③ぬかは。C六月の頃、あやしき家に夕顔の白く見えて、D蚊遣火ふすぶるもあはれなり。六月祓へまたをかし。 
 七夕まつるこそなまめかしけれ。やうやう夜寒になるほど、( C )なきてくるころ、萩の下葉色づくほど、早稲田刈り干すなど、とりあつめたる事は秋のみぞ多かる。また( D )のE朝こそをかしけれ。
言ひつづくれば、みな源氏物語・枕草子などにことふり④にたれど、同じ事、また、今さらに言は⑤じとにもあらず。おぼしき事言はぬは腹ふくるるわざⅢなれば、筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破りすつ⑥べきものなれば、人の見るべき⑦にもあらず。

設問
問一 傍線部①~⑦の助動詞について、終止形と、ここでの活用形および文法的意味を答えなさい。

問二 点線部Ⅰ~Ⅲのうち、文法的に異なるものを一つ選びなさい。

問三 波線部を音便形のない形に直しなさい。

問四 空欄A~Dに入る語句を、次の中から一つずつ選びなさい。

  ア 野分   イ 霞   ウ 雁   エ あやめ

問五 二重傍線部A~Eの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

二十六、徒然草・をりふしの移り変はるこそ)


 さて冬枯のけしきこそ、秋にはをさをさおとるまじけれ。汀の草に紅葉の散りとどまりて、霜いと白うおけ①る朝、遣水より煙の立つこそをかしけれ。年の暮れはてて、人ごとに急ぎあへる頃ぞ、またなくあはれなる。アすさまじきものにして見る人もなき月の、寒けく澄める二十日あまりの空こそ、心ぼそきもの②なれ。御仏名・荷前の使立つなどぞ、あはれにイやんごとなき。公事ども繁く、春の急ぎにとり重ねて催し行は③るるさまぞ、いみじきや。追儺より四方拝につづくこそ、面白けれ。ウつごもりの夜、いたうくらきに、松どもともして、夜半すぐるまで、人の門たたき走りありきて、何事④にかあら⑤ん、エことごとしくののしりて、足を空にまどふが、暁がたより、オさすがに音なく成りぬるこそ、年の名残も心ぼそけれ。亡き人のくる夜とて、魂まつるわざは、この頃都にはなきを、東のかたには、なほする事にてありしこそ、あはれなりしか。 
 かくて明けゆく空の気色、昨日にかはりたりとは見え⑥ねど、ひきかへめづらしき心地ぞする。大路のさま、松立てわたして、はなやかにうれしげなるこそ、またあはれなれ。

設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形および文法的意味を答えなさい。

問二 二重波線部について、
(1) 何語で成り立っているか答えなさい。

(2) 現代語訳しなさい。

問三 二重傍線部ア~オの意味を答えなさい。

二十七、徒然草・九月二十日のころ)


ア九月二十日①のころ、ある人に誘はれ1たてまつりて、明くるまで月見ありくこと2はべりしに、3おぼし出づる所ありて、イ案内せさせて入り4たまひぬ。荒れたる庭②の露しげきに、わざとならぬにほひ、しめやかにうちかをりて、しのびたるけはひ、いとものあはれなり。
よきほどにて出で5たまひぬれど、なほ事ざま③の優におぼえて、物④のかくれよりしばし見ゐたるに、A妻戸をいま少し押し開けて、月見るけしきなり。Bやがてかけこもらましかば、くちをしからまし。あとまで見る人ありとは、いかでか知らん。Cかやうのことは、ただ朝夕の心づかひによるべし。その人、ほどなく失せにけりと聞き6はべりし。

設問
問一 傍線部1~6の敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意かを答えなさい。

問二 傍線部①~④の「の」の用法をそれぞれ答えなさい。

問三 波線部ア、イの読みを答えなさい。

問四 二重傍線部Aを、誰の動作かがわかるように現代語に訳しなさい。

問五 二重傍線部Bを現代語訳しなさい。

問六 二重傍線部Cについて、
 (1)「かやうのこと」の具体的な内容を答えなさい。

 (2)この人に「朝夕の心づかひ」があると筆者が判断した理由を答えなさい。

二十八、徒然草・心なしと見ゆる者も)


 心なしと見ゆる者も、よき一言いふものなり。ある荒夷1の恐しげなるが、アかたへにあひて、「御子はおはすや」と問ひしに、「一人も持ち侍らず」と答へ①しかば、「さては、もののあはれは知り給は②じ。イ情なき御心にぞものし給ふ③らんと、いと恐し。子故にこそ、万のあはれは思ひ知ら④るれ」と言ひたりし、Aさもあり⑤ぬべき事なり。恩愛の道ならでは、かかる者の心に慈悲あり⑥なんや。ウ孝養の心なき者も、子持ちてこそ、親の志は思ひ知るなれ。
 世をすてたる人2の、万にするすみなるが、なべてほだし多かる人3の、万にへつらひ、望ふかきを見て、無下に思ひくたすはB僻事なり。その人の心に成りて思へば、誠にエかなしから⑦ん親のため、妻子のためには、恥をも忘れ、盗みもし⑧つべき事なり。Cされば、盗人を縛め、僻事をのみ罪せ⑨んよりは、世の人4の飢ゑず、寒からぬやうに、オ世をば行はまほしきなり。人、恒の産なき時は、恒の心なし。人、きはまりて盗みす。世治まらずして、凍餒の苦しみあらば、とがの者絶ゆべからず。人を苦しめ、法を犯さ⑩しめて、それを罪なはん事、D不便のわざなり。
 さて、いかがして人を恵むべきとならば、上の奢り費す所をやめ、民を撫で農を勧めば、下に利あらん事、疑ひあるべからず。衣食世の常なる上に僻事せん人をぞ、まことの盗人とはいふべき。

設問
問一 傍線部1~4の「の」のうち、他と用法の異なるものを一つ選べ。

問二 傍線部①~⑩の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問三 二重傍線部ア~オを現代語に訳しなさい。

問四 波線部Aの指示内容を答えなさい。

問五 波線部Bについて、
 (1)読みを答えなさい。

 (2)何が「僻事」なのか、簡潔に答えなさい。

問六 波線部C「されば」の内容を答えなさい。

問七 波線部Dについて、
 (1)何が「不便のわざ」なのか、答えなさい。

 (2)(1)で答えたものが、なぜ「不便のわざ」なのか、答えなさい。

二十九、徒然草・さしたることなくて)


さしたることなくてア人のがり行くは、よからぬ事なり。用ありて行きたりとも、その事果て  ①なば、イとく帰る②べし。久しく居たる、ウいとむつかし。人と向ひたれば、ことば多く、身もくたびれ、心も静かならず、よろづのこと障りて時を移す、互ひのため益なし。厭はしげに言は②んもわろし。心づきなき事あらん折は、エなかなかその由をも言ひてん。
同じ心に向は③まほしく思はん人の、つれづれにて、「今しばし。今日は心静かに」など言は④んは、オこの限りにはあらざるべし。※阮籍が青きまなこ、誰にもある⑤べきことなり。
そのこととなきに、人の来(きた)りて、のどかに物語して帰りぬる、いとよし。また、文も、「久しく聞えさせ⑥ねば」などばかり言ひおこせたる、いとうれし。

※注 阮籍が好ましい人物には青眼(普通の目つき)で接し、好ましくない客には白眼で接したという故事。

設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア~エを現代語に訳しなさい。

問三 二重傍線部オとあるが、それはなぜか、簡潔に説明しなさい。

三十、徒然草・世に語り伝ふること)


 世に語り伝ふること、アまことはあいなきにや、多くは皆虚言(そらごと)なり。あるにも過ぎて人は物を言ひなすに、まして、年月過ぎ、境も隔たりぬれば、言ひたきままに語りなして、筆にも書きとどめぬれば、イやがて又定まりぬ。
道々の物の上手のいみじき事など、かたくななる人①の、その道知らぬは、そぞろに神のごとくに言へども、道知れ②る人はウさらに信もおこさず。エ音に聞くと見る時とは、何事もかはるものなり。
 かつあらはるるをも顧みず、口にまがせて言ひ散らすは、やがて浮きたることと聞ゆ。又、我も誠しからずは思ひながら、人の言ひしままに、鼻のほどおごめきて言ふは、その人のそらごとにはあらず。げにげにしく、ところどころうちおぼめき、よく知らぬよしして、さりながら、つまづまあはせて語る虚言は、オおそろしき事なり。
我がため面目あるやうに言は③れぬる虚言は、人カいたくあらがはず。皆人の興ずる虚言は、ひとり、「さもなかりしものを」と言は④んも詮なくて、聞きゐたるほどに、証人にさへなされて、いとど定まり⑤ぬべし。
 とにもかくにも、虚言多き世なり。ただ、常にある、めづらしからぬ事のままに心得たらん、よろづ違ふべからず。下ざまの人の物語は、耳おどろく事のみあり。よき人は怪しき事を語らず。
 かくはいへど、仏神の奇特、権者の伝記、さのみ信ぜざるべきにもあらず。これは、キ世俗の虚言をねんごろに信じたるもをこがましく、「クよもあらじ」など言ふも詮なければ、大方はまことしくあひしらひて、ひとへに信ぜず、また疑ひ嘲るべからず。

設問
問一 傍線部①の「の」の用法を答えなさい。

問二 傍線部②~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問三 二重傍線部ア、ウ、エ、カ、キ、クを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部イについて、
 (1)現代語に訳しなさい。

 (2)なぜそうなるのか、答えなさい。

問五 二重傍線部オとあるが、なぜ恐ろしいのか、簡潔に説明しなさい。

三十一、徒然草・いでや、この世に生まれては)


 いでやこの世に生まれては、願はしかるべき事こそ多かめれ。
 帝の御位は、いともアかしこし。竹の園生の末葉まで、人間の種ならぬぞやんごとなき。イ一の人の御有様はウさらなり、ただ人もA舎人など給はるエきはは、ゆゆしと見ゆ。その子・孫までは、はふれにたれど、なほなまめかし。それより下つ方は、ほどにつけつつ、時に合ひ、したり顔なるも、みづからはいみじと思ふ①らめど、いとくちをし。
 法師ばかりうらやましからぬものはあら②じ。「a人には木の端のやうに思はるるよ」と清少納言が書け③るも、げにさることぞかし。いきほひ猛に、ののしりたるにつけても、いみじとは見えず、増賀聖の言ひ④けんやうに、B名聞苦しく、仏の御教へにたがふらんとぞおぼゆる。ひたふるの世捨人は、オなかなかあらまほしきかたもありなん。
 人は、かたちありさますぐれたらんこそ、あらまほしかるべけれ、ものうち言ひたる、聞きにくからず、C愛敬ありて、言葉多からぬこそ、b飽かず向かはまほしけれ。カめでたしと見る人の、心おとりせらるる本性見えんこそ、くちをしかるべけれ。キ品・かたちこそ、生まれつきたらめ、心はなどか、賢きより賢きにも、移さば移さざらん。かたち・心ざまよき人も、才なくなりぬれば、品下り、顔憎さげなる人にも立ちまじりて、かけず、けおさるるこそ、D本意なきわざなれ。
 ありたき事は、まことしき文の道、ク作文、和歌、管弦の道、また、E有職に公事の方、人の鏡ならんこそいみじかるべけれ。ケ手などつたなからず走り書き、声をかしくて拍子とり、コいたましうするものから、下戸ならぬこそ、男はよけれ

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設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部A~Eの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

問三 二重傍線部ア、ウ、エ、ク、ケの意味を答えなさい。

問四 二重傍線部イ「一の人」とは具体的にはどのような人を指すのか、簡潔に説明しなさい。

問五 二重傍線部オについて、
 (1)現代語に訳しなさい。

 (2)なぜそのように言えるというのか、簡潔に説明しなさい。

問六 筆者が波線部aの内容を参照したと思われる文学作品の名前を、漢字で答えなさい。

問七 波線部bを構成する単語の数を答えなさい。

問八 二重傍線部カ、キ、コを現代語に訳しなさい。

三十二、徒然草・家居のつきづきしく)


家居のつきづきしく、あらまほしきこそ、仮の宿りとは思へど、興あるものなれ。
よき人の、のどやかに住みなしたる所は、差し入りたる月の色も、ひときはしみじみと見ゆるぞかし。ア今めかしくきららかなら①ねど、木立イものふりて、わざとならぬ庭の草も心あるさまに、ウ簀子、透垣のたよりをかしく、うちある調度も昔おぼえて安らかなるこそ、エ心にくしと見ゆれ。多くの工(たくみ)の、心をつくして磨きたて、唐の、大和の、珍しくえならぬ調度どもならべおき、A前栽の草木まで、心のままならず作りなせ②るは、見る目も苦しく、いとわびし。オさてもやはながらへ住むべき。また時の間の煙ともなり③なむとぞ、うち見るよりも思は④るる。おほかたは、家居にこそ事ざまは推しはから⑤るれ。
後徳大寺のB大臣の、寢殿に鳶ゐさせ⑥じとて縄を張ら⑦れたりけるを、西行が見て、「鳶の居たら⑧む、何かは苦しかるべき。この殿の御心さばかりにこそ」とて、その後は参らざりけると聞き侍るに、綾小路の宮のおはします小坂殿の棟に、いつぞや縄を引かれたりしかば、カかのためし思ひ出でられ侍りしに、まことや、「烏のむれゐて池の蛙をとりければ、キ御覽じ悲しませ給ひてなむ」と人の語りしこそ、さてはいみじくこそとおぼえしか。ク徳大寺にも、いかなる故か侍りけむ。

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設問
問一 傍線部①~⑧の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部A、Bの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

問三 二重傍線部ア~オを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部カの内容を簡潔に説明しなさい。

問五 二重傍線部キを、主語を明確にしてわかりやすく現代語に訳しなさい。

問六 二重傍線部クのように筆者が考える理由を、説明しなさい。

三十三、徒然草・これも仁和寺の法師)


これも仁和寺の法師、童の法師にならむとする名残とて、おのおの遊ぶことありけるに、酔ひて興に入るあまり、かたはらなる足(あし)鼎(がなえ)を取りて、ア頭にかづきたれば、つまるやうにするを、鼻をおし平めて、顔をさし入れて舞ひ出でたるに、満座興に入ること限りなし。
 しばし奏でて後、抜か①むとするに、イおほかた抜かれず。酒宴ウことさめて、いかがはせむと惑ひけり。とかくすれば、首のまはり欠けて、血垂り、ただ腫れに腫れみちて、息もつまりければ、打ち割らむとすれど、たやすく割れず。響きて堪へがたかりければ、エかなはで、すべきやうなくて、三足なる角の上に、帷子をうち掛けて、手を引き杖をつかせて、オ京なる医師のがり、A率て行きける道すがら、人の怪しみ見ること限りなし。医師のもとにさし入りて、向かひゐたり②けむありさま、さこそ異様なり③けめ。ものを言ふも、くぐもり声に響きて聞こえず。「カかかることは文にも見えず、伝へたる教へもなし。」と言へば、また仁和寺へ帰りて、親しき者、B老いたる母など、枕上に寄りゐて泣き悲しめども、聞く④らむとも覚えず。
 かかるほどに、ある者の言ふやう、「たとひ耳鼻こそ切れ失すとも、キ命ばかりはなどか生きざらむ。ただ力をたてて引きたまへ。」とて、藁のしべをまはりにさし入れて、かねを隔てて、首もちぎるばかり引きたるに、耳鼻欠けうげながら抜け⑤にけり。からき命まうけて、久しく病みゐたりけり。

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設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 波線部A、Bの動詞の活用の種類と活用形をそれぞれ答えなさい。

問三 二重傍線部ア~キを現代語に訳しなさい。

三十四、方丈記・ゆく河の流れ)


ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある、人と住みかと、またアかくのごとし。たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へ1る、高き、卑しき、人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔あり2し家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中にわづか一人、二人なり。朝に死に、夕に生まるるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、誰がためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ば3しむる。その、イ主と住みかと無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れ4り。残るといへども朝日に枯れ5ぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕を待つことなし。

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設問
問一 傍線部1~5の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部アの「かく」とはどういうことか説明しなさい。

問三 二重傍線部イとはどういうことか、その後の比喩を参考にしつつ、簡潔に説明しなさい。

三十五、方丈記・安元の大火)


 予、アものの心を1知れりしより、四十あまりのイ春秋を送れるあひだに、世の不思議を見ること、ややたびたびになりぬ。2いにし安元三年四月二十八日かとよ。風激しく吹きて、3静かならざりし夜、ウ戌の時ばかり、都の東南より火いできて、西北に至る。果てには朱雀門、大極殿、大学寮、民部省などまで移りて、一夜のうちに塵灰と4なりにき。火もとは、樋口富小路とかや。舞人を宿せる仮屋よりいできたりけるとなん。吹き迷ふ風に、エとかく移りゆくほどに、扇を広げたるがごとく末広になりぬ。遠き家は煙にむせび、近きあたりはひたすら炎を地に吹きつけたり。空には灰を吹きたてたれば、火の光に映じて、あまねく紅なる中に、風に堪へず、吹き切られたる炎、飛ぶがごとくして、一、二町を越えつつ移りゆく。その中の人、オうつし心あらんや。あるいは煙にむせびて倒れ臥し、あるいは炎にまぐれてたちまちに死ぬ。あるいは身一つ辛うじてのがるるも、資財を取りいづるに及ばず。七珍万宝カさながら灰燼となりにき。そのキ費え 、いくそばくぞ。そのたび、公卿の家十六焼けたり。まして、そのほか数へ知るに及ばず。すべて都のうち三分が一に及べりとぞ。男女死ぬるもの数十人。馬牛のたぐひ辺際を知らず。人の営み、みな愚かなる中に、さしも危ふき京中の家を作るとて、財を費やし、心を悩ますことは、すぐれてクあぢきなくぞはべる。

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設問
問一 傍線部1~4を文法的に説明しなさい。

問二 二重傍線部ア~クの意味を答えなさい。

三十六、方丈記・養和の飢饉)


 前の年かくのごとくからうじて暮れ1ぬ。明くる年は立ち直る2べきかと思ふほどに、Aあまりさへ疫癘うちそひてBまさざまにあとかたなし。
世の人みなけいしぬれば、日を経つつきはまりゆくさま、ア少水の魚のたとへにかなへ3り。はてには笠うち着足引き包み、よろしき姿したるもの、ひたすらに家ごとに乞ひありく。イかくわびしれたるものどものありくかと見れば、すなはち倒れ伏しぬ。築地のつら道のほとりに飢え死ぬるもののたぐひ、数も知らず。取り捨つるわざも知ら4ねば、ウくさき香世界に満ち満ちて、変はりゆくかたちありさま、目も当てられぬこと多かり。Cいはむや河原などには馬、車の行きかふ道だになし。あやしき賤山がつも力尽きて、薪さへ乏しくなりゆけば、頼むかたなき人はエみづからが家をこぼちて、市に出でて売る。D一人が持ちて出でたる価、一日が命にだに及ばずとぞ。オあやしきことは、薪の中に、赤き丹着き、箔など所々に見ゆる木あひまじはりけるを尋ぬれば、すべきかたなきもの、古寺に至りて仏を盗み、堂の物の具を破り取りて、割り砕けるなりけり。E濁悪の世にしも生まれ合ひて、かかる心憂きわざをなん見はべり5し。

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設問
問一 傍線部1~5の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部A~Eを現代語訳しなさい。

問三 波線部アは何をたとえたものか、簡潔に答えなさい。

問四 波線部イと対比して用いられている語句と、本文中から十字以内で書き抜きなさい。

問五 波線部ウについて、なぜ「くさき香」が満ちているのか答えなさい。

問六 波線部エについて、なぜそうしなければならないのか答えなさい。

問七 波線部オについて、
(1) なにが「あやしきこと」なのか、答えなさい。

 (2)真相はどうであったのか、答えなさい。

三十七、方丈記・養和の飢饉)


 いとあはれなることもはべり1き。Aさりがたき妻、をとこ持ちたるものは、その思いまさりて深きもの、必ず先立ちて死ぬ。その故は、わが身は次にして、人をいたはしく思ふあひだに、まれまれ得たる食ひ物をも、かれに譲るによりて2なり。されば、親子あるものは、定まれることにて、親ぞ先立ちける。また、B母の命尽きたるを知らずして、いとけなき子の、なほ乳を吸ひつつ臥せるなどもありけり。仁和寺に隆暁法印といふ人、Cかくしつつ数も知らず死ぬることを悲しみて、その首の見るごとに額に阿字を書きて、縁を結ばしむるわざをなんせ3られける。人数を知ら4むとて、四、五両月を数へたりければ、京のうち、一条よりは南、九条より北、京極よりは西、朱雀よりは東の路のほとりなる頭、すべて四万二千三百余りなんありける。いはむや、その前後に死ぬるもの多く、また河原、白川、西の京、もろもろの辺地などを加へていはば、際限もある5べからず。Dいかにいはむや、七道諸国をや。

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設問
問一 傍線部1~5の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部Aについて、
(1) 現代語訳しなさい。

(2) なぜそうなるというのか、答えなさい。

問三 傍線部Bを現代語訳しなさい。

問四 傍線部Cを、「かく」の内容を明らかにしつつ現代語訳しなさい。

問五 傍線部Dについて、何と対比されているのか答えなさい。

三十八、枕草子・二月つごもりごろに)


 a二月つごもりごろに、風いたう吹きて空いみじう黒きに、雪少しうち散りたるほど、黒戸に  b主殿司来て、「かうてさぶらふ」と言へば、寄りたるに、「これ、公任の宰相殿の」とてあるを見れば、懐紙に、
  少し春あるここちこそすれ
とあるは、げにけふのけしきにいとよう合ひたるも、アこれが本はいかでかつくべからむ、と思ひわづらひぬ。「たれたれか」と問へば、「それそれ」と言ふ。イ皆いと恥づかしき中に、宰相の御いらへを、いかで事なしびに言ひいでむ、と心一つに苦しきを、御前に御覧ぜさせむとすれど、上のおはしまして大殿ごもりたり。主殿司は、「ウとくとく」と言ふ。げにおそうさへあらむは、いと取り所なければ、さはれとて、
  エ空寒み花にまがへて散る雪に
と、わななくわななく書きて取らせて、いかに思ふらむとわびし。これがことをオ聞かばやと思ふに、カそしられたらば聞かじと覚ゆるを、「俊賢の宰相など、『なほc内侍に①奏してなさむ』となむ定め②たまひし」とばかりぞ、キ左兵衛の督の中将におはせし、語り③たまひし。

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設問
問一 二重傍線部ア~キを現代語訳しなさい。

問二 波線部a~cの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

問三 傍線部①~③の敬語について、誰から誰への敬意を表わしているか答えなさい。

三十九、枕草子・雪のいと高う降りたるを)


雪のいと高う降り1たるを、例ならずア御格子参りて、イ炭櫃に火おこして、物語などして集まり候ふに、「少納言よ、香炉峰の雪いかなら2む。」と①仰せらるれば、御格子上げさせて、ウ御簾を高く②上げたれば、③笑はせ給ふ。
 人々も、「さることは知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよら3ざりつれ。なほ、この宮の人には、4さべきなめり。」と言ふ。

設問
問一 傍線部1~3の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部4を文法的に説明しなさい。

問三 二重傍線部ア~ウの読み平仮名、現代仮名遣いでを答えなさい。

問四 傍線部①~③の動作の主体を答えなさい。

問五 二重傍線部の具体的な内容を答えなさい。

四十、枕草子・中納言参り給ひて)


中納言①参り②給ひて、御扇奉らせ給ふに、「隆家こそいみじき骨は得て③侍れ。アそれを張らせて参らせむとするに、イおぼろけの紙はえ張るまじければ、もとめ侍るなり」と申し給ふ。
「いかやうaにかある」と問ひ④きこえさせ⑤給へば、「すべていみじう侍り。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり』となむ人々申す。まことにかばかりのは見えざりつ」と、言高く⑥のたまへば、「さては、扇のにはあらで、海月のbなcなり」と⑦きこゆれば、「ウこれ隆家が言にしてむ」とて、笑ひ給ふ。
 エかやうの事こそは、かたはらいたきことのうちに入れつべけれど、「一つな落としそ」と言へば、いかがはせむ。

設問
問一 傍線部①~⑥の敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意を表すかを答えなさい。

問二 傍線部⑦の主語を答えなさい。

問三 傍線部a~cの助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問四 二重傍線部ア~ウを現代語に訳しなさい。

問五 二重傍線部エの内容を、簡潔に答えなさい。

四十一、枕草子・村上の先帝の御時に)


村上の先帝の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、様器に盛ら A 給ひて、梅の花をさして、月のいと明かきに、「これに歌よめ。いかが言ふべき。」と、兵衛の蔵人に①給はせたりければ、「雪・月・花の時」と②奏したりけるをこそ、いみじうめで B 給ひけれ。「歌などよむは世の常なり。かく、折に合ひたることなむ、言ひがたき。」とぞ仰せられける。
 同じ人を御供にて、ア殿上に人候はざりけるほど、たたずま C 給ひけるに、火櫃にけぶりの立ちければ、「イかれは何ぞと見よ。」と③仰せられければ、見て帰り参りて、
 X わたつ海のおきにこがるる物見ればあまの釣りしてかへるなりけり
と奏しけるこそをかしけれ。蛙の飛び入りて焼くるなりけり。

設問

問一 傍線部①~③の敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意を表すかを答えなさい。

問二 空欄A~Cに、助動詞「す」または「さす」を活用させて入れなさい。

問三 傍線部アを現代語に訳しなさい。

問四 傍線部イについて、(1)「かれ」が何を指すのか、(2)実際は何であったのかをそれぞれ答えなさい。

問五 Xの和歌から掛詞を二つ指摘し、何と何が掛けられているのか説明しなさい。

四十二、枕草子・すさまじきもの)


すさまじきもの。昼ほゆる犬、春の①網代。三、四月の紅梅の衣。牛死にたる牛飼。乳児亡くなりたる産屋。火おこさぬ②炭櫃・③地火炉。博士のうちつづき女子生ませたる。ア方違へに行きたるに、あるじせぬ所。まいて節分などは、いとすさまじ。
 人の国よりおこせたる文aの物なき。イ京のをも、さこそ思ふらめ。されどそれは、ゆかしき事どもをも書き集め、世にある事などをも聞けば、いとよし。人のもとに、わざと清げに書きてやりつる文の返事、「今は持て④来ぬらむかし。あやしう遅き」と待つ程に、ありつる文、立文をも結びたるをも、いと汚げに取りなし、ふくだめて、上に引きたりつる墨など消えて、「おはしまさざりけり」もしは、「御物忌とて取り入れず」と言ひて持て帰りたる、いとわびしく、すさまじ。また、必ず⑤来べき人のもとに、車をやりて待つに、来る音すれば、「さななり」と、人々出でて見るに、車宿にさらに引き入れて、轅ほうとうち下ろすを、「いかにぞ」と問へば、「今日は、外へおはしますとて、わたり給はず」など、うち言ひて、牛の限り引き出でていぬる。また、家の内なる男君の、来ずなりぬる、いとすさまじ。さるべき人の、ウ宮仕へするがりやりて、いつしかと思ひゐたるも、いとあいなし。
児の乳母bの、エただあからさまにとて出でぬるほど、とかく慰めて、「とく⑥来」と言ひやりたるに、「今宵は、オえ参るまじ」とて返しおこせたるは、すさまじきのみならず、いとにくくわりなし。女迎ふる男、カまいていかならむ。待つ人ある所に夜すこし更けて忍びやかに門たたけば、胸すこしつぶれて、人出だして問はするに、あらぬよしなき者の、名のりして来たるも、返す返すもすさまじとキ言ふはおろかなり。
 験者cの、物の怪調ずとて、いみじうしたり顔に、独鈷や数珠など持たせ、蝉の声しぼり出だして読みゐたれど、いささかクさりげもなく、護法もつかねば、集りゐ念じたるに、男も女もあやしと思ふに、時のかはるまで読み困じて、「ケさらにつかず。立ちね」とて、数珠取り返して、「あな、いと⑦験なしや」とうち言ひて、額より上ざまにさくり上げ、欠伸おのれよりうちして、寄り臥しぬる。
 いみじうねぶたしと思ふに、コいとしもおぼえぬ人の、押し起こして、せめてもの言ふこそ、いみじうすさまじけれ。

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設問
問一 傍線部①~⑦の漢字の読みを答えなさい。

問二 傍線部a~cの「の」のうち、他と用法が異なるものを一つ選びなさい。

問三 二重傍線部アを現代語訳しなさい。

問四 二重傍線部イについて、
 (1)具体的な内容がわかるように、現代語訳しなさい。

 (2)そのことに対して筆者はどう考えているか、説明しなさい。

問五 二重傍線部ウ~オを現代語訳しなさい。

問六 二重傍線部カは、どういうことについて言っているのか、説明しなさい。

問七 二重傍線部キの意味を答えなさい。

問八 二重傍線部ク~コを、具体的な内容がわかるように現代語訳しなさい。

四十三、枕草子・すさまじきもの)


 除目に司得①ぬ人の家。今年は必ずと聞きて、アはやうありし者どもの、ほかほかなりつる、田舎だちたる所に住む者どもなど、皆集まり来て、出で入る車の轅もひまなく見え、もの詣でする供に、我も我もと参りつかうまつり、物食ひ酒飲み、イののしり合へるに、果つる暁まで門たたく音もせず、あやしうなど、耳立てて聞けば、先追ふ声々などして上達部など皆出でたまひ②ぬ。もの聞きに、宵より寒がりわななきをりける下衆男、いともの憂げに歩み来るを見る者どもは、ウえ問ひだにも問はず、外より来たる者などぞ、「殿は何にかならせたまひたる」など問ふに、いらへには「何の前司にこそは」などぞ、必ずいらふる。エまことに頼みける者は、いと嘆かしと思へり。つとめてになりて、オひまなくをりつる者ども、一人二人すべり出でて去③ぬ。カ古き者どもの、さもえ行き離るまじきは、来年の国々、手を折りてうち数へなどして、ゆるぎありきたるも、いとをかしうすさまじげなる。

10
設問
問一 傍線部①~③の「ぬ」を、それぞれ文法的に説明しなさい。

問二 二重傍線部ア~カを、現代語に訳しなさい。

四十四、俊頼髄脳・天の川)


天の川浅瀬しらなみたどりつつ渡りはてねばあけぞしにける(古今集・秋上)
この歌の A は、天の川の深さに、浅瀬白波たどりて、川の岸に立てるほどに、明けぬれば、「今はいかがはせアむ」と、逢はで帰りぬるなり。さることやはあるべき。ただの人 B 、一とせを、夜昼恋ひくらして、たまたま、女、逢ふべき夜なれば、いかにしても、かまへて渡るらイむものを。まして、たなばたと申す星宿には、おはせずや。天の川、深しとて、帰り給ふべきにあらず。いかにいはウむや。その川には、かささぎありて、紅葉を橋に渡しとも言ひ、渡し守、船はや渡せとも言ひ、A君渡りなば、揖(かぢ)隠してよ、とも詠めり。かたがたに、渡らむことは、妨げあらじ。渡し守の、人を渡すは、知る知らぬはあるべき。七夕の、こころざしありて、渡らむとあらむに、渡し守、Bなどてかいなび申さむ。また、川も、さまでやは深からエむ。かたがたに、心得られぬことなり。また、C僻事を詠みたらむ歌を、古今に、躬恒・貫之、まさに入れオむやは。たとひ、かの人々こそ、過ちて入るることありとも、D延喜の聖主、除かせ給はざらむやは。
かやうのことは、古き歌のひとつの C なり。恋ひ悲しみて、立ちゐ待ちつることは、ひととせなり。たまたま、待ちつけて、逢へることは、ただ、一夜なり。そのほどの、まことに少なければ、まことには逢ひたれど、なかなかにて、逢はぬかのやうにおぼゆるなり。されば、ほどの少なきに、逢はぬ心地こそすれ、と詠むべけれど、歌のならひにて、さも詠み、また、E逢ひたれど、ひとへに、まだ逢はぬさまに詠めるなり。

10

15
設問
問一 冒頭の和歌の中から掛詞を指摘しなさい。

問二 傍線部ア~オの「む」の中から、文法的に異なるものを一つ選びなさい。

問三 空欄Bに当てはまる言葉を次の中から選びなさい。

 ① こそ   ② すら   ③ さへ   ④ なむ   ⑤ など

問四 傍線部A、Bを現代語に訳しなさい。

問五 傍線部Cの読みを答えなさい。

問六 傍線部Dとは誰のことか答えなさい。

問七 空欄A、Cに入る言葉を、それぞれ漢字一文字で答えなさい。

問八 傍線部Eとあるが、なぜそのように詠むのか、簡潔に説明しなさい。

四十五、無名抄・深草の里)


俊恵いはく、「ア五条三位入道の許(もと)にイまうでしついでに、『御詠の中にはいづれをか優れたりと思す。よその人様々に定め侍れど、それをば用ひ侍るべからず。まさしく承らんと思ふ』と聞こえ①しかば、
 『夕されば野辺の秋風身にしみて鶉(うづら)鳴く②なり深草の里
これをなん、身にとりてはおもて歌と思ひ A 』と言はれしを、俊恵また言はく、『世にあまねく人の申し侍るは、
 面影に花の姿を先立てて幾重(いくへ)越えa来ぬ峰の白雲
これを優れたるやうに申し侍るはいかに』と聞こゆれば、『ウいさ、よそにはさもや定め侍るらん。知り B ず。なほ自らは先の歌には言ひ較ぶべからず』とぞ侍りし」と語りて、これをうちうちに申ししは、「彼の歌は『身にしみて』といふ腰の句のいみじう無念に覚ゆる③なり。これほどになりぬる歌は、景気を言ひ流して、エただそらに身にしみけんかしと思はせたるこそ、心にくくも優にも侍れ。いみじう言ひもて行きて、歌の詮とすべきふしをさはと言ひ表はしたれば、むげにこと浅くなりぬる」とて、そのついでに、「わが歌の中には、
 み吉野の山かき曇り雨降ればふもとの里はうちしぐれつつ
これをなん、オかの類にせんと思ひ C 。もし、世の末におぼつかなく言ふ人あらば、『かくこそ言ひしか』と語り D 」とぞ。

10

15
設問
問一 傍線部①~③の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部aの漢字の読みを答えなさい。

問三 文中の空欄A~Dに、動詞「給ふ」を適切に活用させて入れなさい。

問四 二重傍線部アとは、藤原俊成のことである。俊成が編纂した勅撰和歌集の名前を、漢字で答えなさい。

問五 二重傍線部イ、エを現代語に訳しなさい。

問六 二重傍線部ウを、「さ」の示す内容を明らかにしつつ現代語に訳しなさい。

問七 二重傍線部オが示す語句を、本文中から五字以内で書き抜きなさい。

四十六、万葉集)


   X  紫野行きア標野行き野守は見ずや君が袖振る       (Ⅰ)
 紫草のにほへ①るイ妹を憎くあらば人妻ゆゑに吾恋ひめやも      (Ⅱ)

石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも 鯨魚取り 海辺を指して 和多津の 荒磯の上に か青く生ふる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄らめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波の共 か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離り②ぬ いや高に 山も越えウ来ぬ 夏草の 思ひ萎えて 偲ふ③らむ 妹が門見④む なびけこの山               (Ⅲ)
 
石見のや高角山の木の際よりわが振る袖を妹見⑤つらむか      (Ⅳ)
 小竹(ささ)の葉はみ山も清(さや)にさやげどもわれは妹思ふ別れ来ぬれば    (Ⅴ)

設問
問一 空欄Xに入る枕詞を書きなさい。

問二 (Ⅰ)の歌の作者は、(Ⅱ)の歌の作者と結婚した後、天智天皇の妻となった女流歌人である。この歌人の名を漢字で書きなさい。

問三 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形とここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問四 傍線部ア~ウの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

問五 二重傍線部を、この歌の主題に沿って現代語訳しなさい。

四十七、古今和歌集)


 仮名序
やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれ①りける。世の中にある人アことわざしげきものなれば、心に思ふことを、見るもの、聞くものにつけて、言ひいだせるなり。花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよま②ざりける。力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思は③せ、男女のなかをもやはらげ、猛きもののふの心をもなぐさむるは、歌なり。

 春の夜の闇はイあやなし梅の花色こそ見え④ね香やは隠るる     (Ⅰ)

 蓮葉のにごりに染(し)まぬ心もて何かは露を玉とあざむく      (Ⅱ)

   X  月の桂も秋はなほ紅葉すればや照りまさるらむ    (Ⅲ)

 冬ながら空より花の散り来るは雲のあなたは春⑤にやあるらむ   (Ⅳ)

 むすぶ手のしづくににごる山の井のあかでも人に別れぬるかな  (Ⅴ)

 ほととぎす鳴くや五月のあやめぐさウあやめも知らぬ恋もするかな (Ⅵ)

 色見えでエうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける    (Ⅶ)

設問
問一 仮名序を書いた人物の名前を漢字で書きなさい。

問二 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形とここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問三 二重傍線部ア~エを現代語に訳しなさい。

問四 (Ⅱ)(Ⅳ)の和歌を現代語訳しなさい。

問五 (Ⅲ)の和歌について、
 (1)空欄Xに入る枕詞を答えなさい。

 (2)全文を現代語訳しなさい。

問六 (Ⅴ)の和歌には掛詞が用いられている。指摘し、何と何が掛けられているのか説明しなさい。

問七 (Ⅴ)と(Ⅵ)の和歌に共通する修辞法を答えなさい。

四十八、新古今和歌集)


Ⅰ 春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空

Ⅱ 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする

設問
問一 Ⅰの和歌について、次の各問に答えなさい。
 (1)この和歌の作者は、新古今和歌集のほか、新勅撰和歌集の撰集にも関わっている。この作者の名前を答えなさい。

 (2)「夢の浮橋」とは、ある物語の最後の帖の名前である。その物語を答えなさい。

 (3)「峰にわかるる横雲の空」とは、何をたとえたものが、答えなさい。

問二 Ⅱの和歌について、次の各問に答えなさい。
 (1)この和歌の作者は後白河天皇の皇女である。この作者の名前を答えなさい。

 (2)後白河天皇が残した今様歌の歌謡集の名前を答えなさい。

 (3)「玉の緒」とは何か、答えなさい。

 (4)「絶えなば絶えね」を現代語に訳しなさい。

 (5)「忍ぶる」とあるが、何を忍ぶのか、答えなさい。

四十九、八代集)


     冬の歌とて、詠める
① 山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思へば

    滋賀の山越えにて、石井のもとにて、もの言ひける人の別れける折に、詠める
 ② むすぶ手のしづくににごる山の井のあかでも人にわかれぬるかな

     題知らず
 ③ ほととぎす鳴くや五月のあやめ草アあやめも知らぬ恋もするかな

     事出で来てのちに京極御息所につかはしける
 ④ わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ

     北白河の山荘に花のおもしろく咲きて侍りけるを見に、人々まうで来たりければ
 ⑤ 春来てぞ人も訪ひける山里は A こそ宿の主なりけれ

     河原院にて、荒れたる宿に B 来たるといふ心を人々詠み侍りけるに
 ⑥ 八重葎しげれる宿のさびしきに人こそ見えね B は来にけり

設問
問一 ①の和歌の中から掛詞を指摘し、何と何が掛けられているか答えなさい。

問二 ②の和歌の中から掛詞を指摘し、何と何が掛けられているか答えなさい。

問三 傍線部アの意味を答えなさい。

問四 ①~③の和歌は最初の勅撰和歌集に収められている。この和歌集の選集に携わった人物を四人答えなさい。

問五 ④の和歌の中から掛詞を指摘し、何と何が掛けられているか答えなさい。

問六 ④の和歌は二番目の勅撰和歌集に収められている。この和歌集の選集に携わった人物の一人に、清少納言の父親である人物が含まれている。この人物の名前を答えなさい。

問七 空欄Aに適切な漢字一字を入れなさい。

問八 二か所ある空欄Bにはともに季節を表す漢字一字が入る。その漢字を答えなさい。

問九 ⑤と⑥の和歌は、三番目の勅撰和歌集に収められている。この和歌集の名前を答えなさい。

五十、八代集)


     男に忘れられて侍りけるころ、貴船に参りて御手洗川に蛍のとび侍りけるを見て詠める
 ① もの思へば沢の蛍も我が身よりアあくがれ出づる魂かとぞ見る

 ② 夕されば野辺の秋風身にしみてうづら鳴くイなり深草の里

     二月ばかり、月明きよる、二条院にて人々あまた居明かして物語などし侍りけるに、内侍周防、寄り臥して「枕もがな」と忍びやかに言ふを聞きて、大納言忠家、「これを枕に」とて、腕を御簾の下より差し入れて侍りければ、詠み侍りける
 ③ 春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ

     守覚法親王、五十首歌詠ませ侍りけるに
 ④ 春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空

     題知らず
 ⑤ 心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ

設問
問一 傍線部アを現代語に訳しなさい。

問二 ①の和歌は四番目の勅撰和歌集に収められている。この和歌集の名前を答えなさい。

問三 傍線部イの「なり」を文法的に説明しなさい。

問四 ③の和歌の中から掛詞を指摘し、何と何が掛けられているか答えなさい。

問五 ②の和歌の作者は、②と③が収められている七番目の勅撰和歌集の撰者でもある。この作者の名前を答えなさい。

問六 ④の和歌について、次の各問に答えなさい。
 (1)この和歌の作者は、新古今和歌集のほか、新勅撰和歌集の撰集にも関わっている。この作者の名前を答えなさい。

 (2)「夢の浮橋」とは、ある物語の最後の帖の名前である。その物語を答えなさい。

 (3)「峰にわかるる横雲の空」とは、何をたとえたものが、答えなさい。

問七 ⑤の和歌の作者は、新古今和歌集の最も多くの歌を残している。この作者の名前を答えなさい。

五十一、土佐日記・馬のはなむけ)


男もす①なる日記といふものを、女もしてみ②むとて、する③なり。
それの年の、A十二月の、二十日余り一日の日の、ア戌の時に門出す。その由、いささかにものに書きつく。
 ある人、 B県の四年五年果てて、例のことどもみなし終へて、C解由など取りて、住む館より出でて、船に乗る④べき所へわたる。かれこれ、知る知らぬ、送りす。イ年ごろよくくらべつる人々なむ、別れがたく思ひて、日しきりに、とかくしつつ、ウののしるうちに夜更け⑤ぬ。
 二十二日に、和泉の国までと、平らかに願立つ。藤原のときざね、エ船路なれど、馬のはなむけす。オ上中下、酔ひ飽きて、いとあやしく、潮海のほとりにてカあざれ合へり。

設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部A~Cの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

問三 二重傍線部ア、イ、ウ、オを現代語の訳しなさい。

問四 二重傍線部エとはどういうことか、説明しなさい。

問五 二重傍線部カは、どのような状況を描いているのか、具体的にわかりやすく説明しなさい。

五十二、土佐日記・亡児)


二十七日。大津より浦戸をさして漕ぎ出づ。かくあるうちに、京にて生まれたり①し女子、国にてにはかにうせ②にしかば、このごろの出で立ちいそぎを見れど、なにごとも言は③ず、京へ帰るに、女子のなきのみぞ悲しび A 。アある人々もえ堪へず。この間に、ある人の書きて出だせ   ④る歌、
 都へと思ふをものの悲しきはイ帰らぬ人のあればなりけり
また、あるときには、
 あるものと忘れつつなほウなき人をいづらと問ふぞ悲しかりける

設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 文中の空欄Aに、動詞「恋ふ」を適切に活用させて入れなさい。

問三 二重傍線部ア、ウを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部イと同じ内容を示す部分を、本文中から十一字で書き抜きなさい。

五十三、土佐日記・帰京)


京に入り立ちてうれし。家に至りて、門に入るに、月明かければ、いとよくありさま見ゆ。聞き①しよりもまして、言ふかひなくぞこぼれ破れたる。家に預けたりつる人の心も、荒れたるなりけり。 ア中垣こそあれ、一つ家のやうなれば、望みて預かれるなり。イさるは、便りごとに物も絶えず得させたり。今宵、「かかること。」と、声高にものも言は②せず。いとはつらく見ゆれど、ウ志せむとす。
さて、池めいてくぼまり、水漬ける所あり。ほとりに松もありき。五年六年のうちに、千年や過ぎ③にけむ、かたへはなくなりにけり。今生ひたるぞ交じれ④る。大方のみな荒れにたれば、「あはれ。」とぞ人々言ふ。思ひ出で⑤ぬことなく、思ひ恋しきがうちに、エこの家にて生まれし女子の、もろともに帰らねば、いかがは悲しき。船人もみな、オ子たかりてののしる。かかるうちに、なほ悲しきに堪へずして、ひそかに 心知れる人と言へりける歌、
 生まれしも帰らぬものをわが宿にカ小松のあるを見るが悲しさ
とぞ言へる。なほ飽かずやあらむ、また、かくなむ。
X 見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや
忘れがたく、口惜しきこと多かれど、え尽くさず。とまれかうまれ、とく破り⑥てむ。

設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア~オを現代語に訳しなさい

問三 二重傍線部カを見て筆者は何を連想しているか、簡潔に説明しなさい。

問四 Xの和歌を解釈しなさい。

五十四、更級日記・あこがれ)


A東路の道のはてよりも、なほ奧つかたに生ひいでたる人、いかばかりかはあやしかり①けむを、いかに思ひ始めけること②にか、世中に物語といふもののあん③なるを、アいかで見ばやと思ひつつ、B徒然なるひるま、よひゐなどに、姉、継母などやうの人々の、その物語、かの物語、光源氏のあるやうなど、ところどころ語るを聞くに、いとどゆかしさまされど、イ我が思ふままに、そらに、いかでか覚え語らむ。いみじくウ心もとなきままに、等身に薬師仏を作りて、手あらひなどしてエひとまにみそかに入りつつ、「京にオとくのぼせ給ひて、物語の多くさぶらふ④なる、あるかぎり見せ給へ」と身を捨ててC額をつき、祈り申すほどに、十三になる年、のぼらむとて、D九月三日門出して、いまたちといふ所にうつる。
 年ごろ遊びなれつる所を、あらはにこほち散らして、たちさわぎて、カ日の入際のいとすごく霧わたりたるに、車に乘るとてうち見やりたれば、ひとまには参りつつ額をつきし、薬師仏の立ち給へ⑤るを、見捨て奉るかなしくて、人知れずうち泣か⑥れ⑦ぬ。

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設問
問一 傍線部①~⑦の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア~カを現代語訳しなさい。

問三 波線部A~Dの漢字の読みを平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

五十五、更級日記・門出)


 門出したる所は、巡りなどもなくて、かりそめの茅屋の、ア蔀などもなし。簾かけ、幕など引きたり。南ははるかに野の方見やら①る。東、西は海近くて、いとおもしろし。夕霧立ち渡りて、いみじうをかしければ、イ朝寝などもせ②ず、かたがた見つつ、ここを立ち③な④むこともあはれに悲しきに、同じ月の十五日、雨かきくらし降るに、境を出でて、下総の国のいかたといふ所に泊まりぬ。ウ庵なども浮きぬばかりに雨降りなどすれば、恐ろしくていも寝られず。野中に丘だちたる所に、ただ木ぞ三つ立て⑤る。その日は雨にぬれたるものども干し、国に立ち遅れたる人々待つとて、そこに日を暮らしつ。

設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部ア、イの読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

問三 傍線部ウを現代語に訳しなさい。

五十六、更級日記・物語)


 かくのみ1思ひくんじたるを、心も慰めむと、2心苦しがりて、母、物語など求めて見せたまふに、げにおのづから慰みゆく。紫のゆかりを見て、続き①の見まほしくおぼゆれど、人語らひなどもえせず。たれもいまだ都慣れぬほどにて、え見つけず。いみじく心もとなく、ゆかしくおぼゆるままに、「この源氏の物語、一の巻よりして、皆見せたまへ」と、心の内に祈る。親の太秦にこもりたまへるにも、異事なく、3このことを申して、A出でむままにこの物語見果てむと思へど、見えず。いと口惜しく思ひ嘆かるるに、をばなる人②の田舎より上りたる所に渡いたれば、「いとうつくしう生ひなりにけり」など、4あはれがり、めづらしがりて、5帰るに、「何をか奉らむ。Bまめまめしき物はまさなかりなむ。ゆかしくしたまふなる物を奉らむ」とて、源氏の五十余巻、櫃に入りながら、在中将・とほぎみ・せり河・しらら・あさうづなどいふ物語ども、ひと袋取り入れて、得て帰る心地のうれしさぞいみじきや。 
 はしるはしるわづかに見つつ、心も得ず、心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、人も交じらず、几帳の内にうち伏して、引き出でつつ見る心地、C后の位も何にかはせむ。昼は日暮らし、夜は目③の覚めたる限り、灯を近くともして、これを見るよりほかのことなければ、Dおのづからなどは、そらにおぼえ浮かぶを、いみじきことに思ふに、夢に、いと清げなる僧④の、黄なる地の袈裟着たるが来て、「法華経五の巻を、とく習へ」と言ふと見れど、人にも語らず、習はむとも思ひかけず。物語のことをのみ心にしめて、Eわれはこのごろわろきぞかし、盛りにならば、かたちも限りなくよく、髪もいみじく長くなりなむ、光の源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめと思ひける心、まづいとはかなく、あさまし。

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設問
問一 傍線部1~5の動作の主体を答えなさい。

問二 傍線部①~④の「の」のうち、他と用法の異なるものを一つ選びなさい。

問三 二重傍線部A~Eを現代語訳しなさい。

問四 波線部について、誰のどういうところが「あさまし」なのか、簡潔に答えなさい。

五十七、更級日記・荻の葉)


その十三日の夜、月いみじくくまなく明かきに、みな人も寝たる夜中ばかりに、縁に出でゐて、姉なる人、空をつくづくとながめて、アただ今ゆくへなく飛び失せなばいかが思ふべき、と問ふに、イなまおそろしと思へる気色を見て、異事に言ひなして笑ひなどして聞けば、かたはらなる所に、さきおふ車とまりて、荻の葉、荻の葉、と呼ばすれど、答へざ①なり。ウ呼びわづらひて、笛をいとをかしく吹きすまして、過ぎぬ②なり。
 笛の音のただ秋風と聞こゆるにエなど荻の葉のそよとこたへぬ
と言ひたれば、げにとて、
 荻の葉のこたふるまでも吹き寄らでただに過ぎぬる笛の音ぞ憂き
かやうに明くるまでながめ明かいて、夜明けてぞみな人寝ぬる。

設問
問一 傍線部①、②の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部アを現代語に訳しなさい

問三 二重傍線部イを、主語を明確にして現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部ウを現代語に訳しなさい。

問五 二重傍線部エを、掛詞に留意しつつ現代語に訳しなさい。

五十八、和泉式部日記・夢よりも儚き世の中を)


 夢よりもはかなき世の中を嘆きわびつつ明かし暮すほどに、四月十余日(よひ)にもなりぬれば、木のした暗がりもてゆく。築地(ついひじ)のうへの草青やかなるも、人はことに目もとどめぬを、あはれとながむるほどに、近きa透垣のもとに人のけはひすれば、誰ならんと思ふほどに、(注1)故宮に候ひしb小舎人童なりけり。
あはれにもののおぼゆるほどに来たれば、「などか久しく見えざりつる。遠ざかる昔のなごりにも思ふを」など言はすれば、「その事と候はでは、馴れ馴れしきさま①にやとつつましう候ふうちに、日ごろは山寺にまかり歩きてなん。いとたよりなくつれづれに思ひ1給う②らるれば、御代(おんか)はりにも見奉らんとてなん(注2)帥宮(そちのみや)に参りて候ふ」とかたる。「いとよきことにこそあ③なれ。その宮はいとあてに(注3)けけしうおはしますなるは。ア昔のやうにはえしもあらじ」など言へば、「しかおはしませど、いとけぢかくおはしまして、(注4)『常に参るや』と問は④せおはしまして、『参り侍り』と申し候ひつれば、『これもて参りて、いかが見給ふとて奉らせよ』とのたまはせつる」とて、橘の花を取り出でたれば、(注5)「昔の人の」と言はれて、「さらば参り⑤なん。いかが聞えさすべき」と言へば、ことばにて聞えさせんもかたはらいたくて、なにかは、イあだあだしくもまだ聞え2給はぬを、はかなきことをも、と思ひて、
X 薫る香によそふるよりは時鳥聞かばや同じ声やしたると
と聞え⑥させたり。
まだ端におはしましけるに、この童隠れの方に気色ばみける気配を御覧じつけて、「いかに」と問はせ給ふに、御文をさし出でたれば、御覧じて、
同じ枝(え)に鳴きつつをりしc時鳥ウ声はかはらぬものと知らずや
と書かせ3給ひて、賜ふとて、「かかる事、エゆめ人に言ふな。好きがましきやうなり」とて入らせ4給ひぬ。
もて来たれば、をかしと見れど、つねはとて御返聞えさせず。
賜はせそめては、また、
オうち出ででもありにしものを中々に苦しきまでも嘆く今日かな
とのたまはせたり。もともカ心ふかからぬ人にて、慣らはぬつれづれのわりなくおぼゆるに、はかなきことも目とどまりて、御返り、
今日の間の心にかへて思ひやれながめつつのみ過ぐす心を

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(注1)故宮……為(ため)尊(たか)親王。和泉式部と恋仲にあった。
(注2)帥宮……敦(あつ)道(みち)親王。為尊親王の弟。
(注3)けけしう……親しみにくい
(注4)常に参るや……和泉式部のもとにいつも伺うのか。
(注5)昔の人の……「五月まつ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(古今和歌集)による。

設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部a~cの漢字の読みを平仮名・現代仮名遣いで答えなさい。

問三 傍線部1~4の中から、他と異なる意味を持つものを一つ答えなさい。

問四 Xの和歌について、
(1)「時鳥」とは何を例えたものか。文中の語で答えなさい。

(2)和歌を解釈しなさい。

問五 二重傍線部ア、イ、エ、オを現代語に訳しなさい。

問六 二重傍線部ウを、具体的な内容がわかるように現代語に訳しなさい。

問七 二重傍線部カとは誰のことか、答えなさい。

五十九、建礼門院右京大夫集・三二三)


 若かりしほどより、身を要なき物に思ひとり①にしかば、ただ心よりほかの命のあらるるだにも厭はしきに、まして人に知ら②るべきことは、アかけても思はざりしを、さるべき人々、さりがたく言ひ計らふことありて、思ひの外に、年経てのち、またイ九重の中を見し身の契り、かへすがへず定めなく、わが心の中もすぞろはし。藤壺の方ざまなど見るも、昔住みなれしことのみ思ひ出でられて悲しきに、御しつらひも、世のけしきも、変はりたることなきに、ただわが心の内ばかり、砕けまさる悲しさ。ウ月の隈なきをながめて覚えぬこともなく、かき暗さるる。昔軽らかなるエ上人などみて見し人々、重々しき A にてあるも、「とぞあらまし、かくぞあらまし」など思ひ続けられて、オありしよりもけに、心の中は、やらむ方なく悲しきこと、何にかは似む。高倉の院の御けしきに、いとよう似まゐらせおはしましたる上の御様にも、数ならぬ心の中ひとつに堪へがたく、来し方恋しくて、月を見て、
  今はただしひて忘るるいにしへを思ひ出でよと澄める月影
とにかくに、物のみ思ひ続けられて見出したるに、まだらなる犬の、竹の台のもとなどありくが、昔、内の御方にありしが、御使ひなどに参りたる折々、呼びて袖うち着せなどせしかば、見知りて、なれむつれ、尾をはたらかしなどせしに、カいとよう覚えたるも、すずろにあはれなり。
  犬もなほ姿も見しにかよひかり人のけしきぞありしにも似ぬ
 その世のこと、見し人、知りたるも、キおのづからありもやすらめど、語らふよしなし。ただ心の中ばかり思ひ続け③らるるが、晴るるかたなく悲しくて、
  ク我が思ふ心に似たる友もがなそよやとだにも語り合はせむ

10

15

設問
問一 傍線部①~③の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア、ウ、オ~クを現代語に訳しなさい。

問三 二重傍線部イの意味を簡潔に答えなさい。

問四 二重傍線部エを、他の漢字三文字で表しなさい。

問五 空欄Aに入る漢字三文字の言葉を答えなさい。

問六 『建礼門院右京大夫集』と最も関係の深いものを、次の中から一つ選びなさい。
 1 落窪物語  2 源氏物語  3 平家物語  4 住吉物語  5 浮世物語

六十、蜻蛉日記)


 五月雨の二十余日の程、物忌みもあり、長き精進も始めたる人、山寺にこもれ①り。雨いたく降りてながむるに、「いとあやしく心細き所になむ」などもあるべし。返り事に、
  時しもあれかく五月雨の水まさりをちかた人の日をもこそふれ
とAものしたる返し、
  真清水のまして程ふるものならば同じ沼にもおりもたち②なむ
とB言ふ程に、閏五月にもなりぬ。
 アつごもりより、なに心地③にかあらむ、そこはかとなくいと苦しけれど、イさはれとのみ思ふ。ウ命惜しむと人に見えずもありにしがなとのみ念ずれど、見聞く人ただならで、芥子焼きのやうなるわざすれど、エなほしるしなくて程経るに、人はかく浄まはる程とて、例のやうにも通はず、新しき所造るとて通ふ便りにぞ、立ちながらなどCものして、「いかにぞ」などもある。心地弱く覚ゆるに、惜しからで悲しく覚ゆる夕暮れに、例の所より帰るとて、蓮の実一本を人して入れたり。「暗くなりぬれば、参ら④ぬなり。これかしこのなり。見給へ」となむ言ふ。「返り事にはただ、 『オ生きて生けらぬ』と聞こえよ」と言はせて、D思ひ臥したれば、あはれ、げにいとをかしかなる所を、命も知らず、人の心も知らねば、「いつしか見せむ」とありしも、さもあらばれ、やみなむかしと思ふもあはれなり。
  花に咲き実になりかはる世を捨ててカ浮き葉の露とわれぞ消ぬべき
など思ふまで、日を経て同じ様なれば心細し。よからずはとのみ思ふ身なれば、露ばかり惜しとにはあらぬを、(注)ただこの一人ある人いかにせむとばかり思ひ続くるにぞ、キ涙せきあへぬ。
 (注)ただこの一人ある人……作者の子、藤原道綱。

10

15

設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 波線部A~Dの動作の主体を答えなさい。

問三 二重傍線部ア~キを現代語に訳しなさい。

問四 『蜻蛉日記』以降、女流文学が隆盛を迎える。次の中から、女性が書いたとされる文学作品を全て選びなさい。
 ア 土佐日記   イ 源氏物語   ウ 和泉式部日記   エ 枕草子   オ 御堂関白記
 カ 十六夜日記  キ とはずがたり ク 無名抄  ケ 建礼門院右京大夫集  コ 梁塵秘抄
 サ 山家集    シ 更級日記   ス 徒然草  セ 太平記   ソ 神皇正統記

六十一、右大将道綱母『蜻蛉日記』)

次の文章は、右大将道綱母『蜻蛉日記』の一節で、夫兼家が道綱母の邸宅から出かけた後、道綱母が自宅内に見覚えのない手紙を発見する場面から始まっている。これを読んで、後の設問に答えよ。

  Ⅰ ばかりになりて、出でにたるほどに、箱のあるを手まさぐりに開けて見れば、人のもとに遣らむとしける文あり。あさましさに、1見てけりとだに知られむと思ひて、書きつく。
うたがはしほかに渡せる文見ればここや途絶えにならむとすらむ
など思ふほどに、むべなう、 Ⅱ 2つごもりがたに、(注)三夜しきりて見えぬ時あり。3つれなうて、「しばしこころみるほどに。」など、気色あり。
これより、夕さりつかた、「内裏の方、塞(ふた)がりけり。」とて出づるに、心得で、人をつけて見すれば、「町の小路なるそこそこになむ、とまりたまひぬる。」とて4来たり。5さればよと、いみじう心憂しと思へども、言はむやうも知らであるほどに、二日、三日ばかりありて、暁がたに門をたたく時あり。さなめりと思ふに、憂くて、開けさせねば、6例の家とおぼしきところにものしたり。つとめて、7なほもあらじと思ひて、
 なげきつつひとり寝る夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る
と、例よりはひきつろひて書きて、移ろひたる菊にさしたり。返りごと、「あくるまでもこころみむとしつれど、とみなる召使の来あひたりつればなむ。いとことわりなりつるは。
 げにやげに Ⅲ の夜ならぬ真木の戸もおそくあくるはわびしかりけり」
さても、いとあやしかりつるほどに、事なしびたる。しばしは、忍びたるさまに、内裏になど言ひつつぞあるべきを。8いとどしう心づきなく思ふことぞ、限りなきや。

 (注)三夜しきりて――三夜続けて。この当時、結婚するときには男が女の家へ三夜続けて通うという風習があった。

問一 傍線部1を、適当に言葉を補って現代語に訳せ。

問二 傍線部2の意味を答えなさい。

問三 傍線部3の意味を答えなさい。

問四 傍線部4の主語を答えなさい。

問五 傍線部5「さればよ」とは、「思ったとおりだ」の意味だが、何が「思ったとおり」だったというのか、簡潔に説明せよ。

問六 傍線部6と同じ内容を示す部分を、本文中から十字以内で抜き出せ。

問七 傍線部7の解釈として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
① 夫はもう帰ってこないだろう
② やはりこのままでは済ますまい
③ 宮中への方角はまだ塞がっているのだろう
④ やはり町の小路の女の家へ通っているのだろう

問八 空欄Ⅰ~Ⅲに入る語句の組み合わせとして最も適切なものを、次の中から一つ選べ。
 ① Ⅰ 十二月  Ⅱ 一月  Ⅲ 春
 ② Ⅰ 三月   Ⅱ 四月  Ⅲ 夏
 ③ Ⅰ 六月   Ⅱ 七月  Ⅲ 秋
 ④ Ⅰ 九月   Ⅱ 十月  Ⅲ 冬

問九 傍線部8と筆者が感じる理由を説明しなさい。

問十 二重傍線部の和歌は、『小倉百人一首』の他、三番目の勅撰和歌集にも収められている。
(A)『小倉百人一首』の撰者を漢字で答えなさい。

(B)(A)で答えた人物が撰集に携わった勅撰和歌集を漢字で二つ答えなさい。

(C)三番目の勅撰和歌集を漢字で答えなさい。

六十二、伊勢物語・梓弓)


 昔、男、片田舎に住みけり。男、宮仕へしにとて、別れ惜しみて行きアにけるままに、1三年来ざりければ、待ちわびたりけるに、いと2ねむごろに言ひける人に、「今宵あはイむ。」と契りたりけるに、この男来たりけり。「この戸開け3たまへ。」とたたきけれど、開けで、歌をなむ詠みていだしたりける。
  あらたまの年の三年を待ちわびて4ただ今宵こそ新枕すれ
と言ひいだしたりければ、
 X あづさ弓ま弓つき弓年を経てわがせしがごとうるはしみせよ
と言ひて、去5なむとしければ、女、
  あづさ弓引けど引かねど昔より心は君に寄りにウしものを
と言ひけれど、男帰りにけり。女、いとかなしくて、後に立ちて追ひゆけど、6え追ひつかで、清水のある所に伏しにけり。そこなりける岩に、指の血して書きつけける。
  あひ思はで離れぬる人をとどめかねわが身は今ぞ消えはてエぬオめる
と書きて、そこに7いたづらになりにけり。

10

設問
問一 傍線部ア~オの助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部1を、主語を補って現代語に訳せ。

問三 傍線部2の意味を答えなさい。

問四 傍線部3は(1)誰から(2)誰への敬意か。次の中から、それぞれ適切なものを一つずつ選べ。
 ① 作者  ② 読者  ③ 男  ④ 女  ⑤ いとねむごろに言ひける人

問五 傍線部4を現代語訳しなさい。

問六 Xの和歌から、序詞を過不足なく抜き出せ。

問七 傍線部5の「なむ」の文法的説明として最も適切なものを、次の中から一つ選べ。
 ① 断定の助動詞「なり」の連体形撥音便無表記+意思の助動詞「む」
 ② 完了の助動詞「ぬ」未然形+意思の助動詞「む」
 ③ ナ行変格活用の動詞の未然形活用語尾+意思の助動詞「む」
 ④ 願望の終助詞
 ⑤ 系助詞

問八 傍線部6を現代語訳しなさい。

問九 傍線部7を現代語訳しなさい。

問十 波線部の読みを答えなさい。

六十三、伊勢物語・筒井筒)


※平成十八年 皇學館大学文学部入試問題
 むかし、ゐなかわたらひし 1 人の子ども、井のもとにいでて遊びけるを、おとなになりに 2 ば、男も女もはぢかはしてあり 3 ど、男はこの女をこそ得めと思ふ、女はこの男をと思ひつつ、(Ⅰ)親のあはすれども聞かでなむあり 4 。さて、このとなりの男のもとより、かくなむ、
筒井筒井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな(ア)妹見ざるまに
女、返し、
くらべこしふりわけ髪も肩すぎぬ君ならずしてたれかあぐべき
などいひいひて、つひに(A)本(ほ)意(い)のごとくあひに 5 。
 さて、年ごろふるほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらむやはとて、河内の国、高安の郡に、いき通ふ所いできにけり。さりけれど、このもとの女、あしと思へるけしきもなくて、いだしやりければ、男、こと心ありて(B)かかるにやあらむと思ひうたがひて(イ)前栽のなかに(a)かくれゐて、(Ⅱ)河内へいぬるかほにて見れば、この女、いとよう化(け)粧(さう)じて、うちながめて、
(X)風吹けば沖つ白波たつた山(ウ)夜半にや君がひとりこゆらむ
とよみけるを聞きて、かぎりなく(b)かなしと思ひて、(c)河内へもいかずなりにけり。
(『伊勢物語』による)

10
設問
一 傍線部(Ⅰ)・(Ⅱ)を現代語訳しなさい。

二 傍線部(a)・(b)の語句の意味として最も適切なものを、次の①~④のうちから一つ選び番号で答えなさい。
(a) ① かがみ込んで ② 隠れていて
③ 隠れて出かけた振りをして ④ 隠れて座って

(b) ① 悲しく思って ② 寂しく思って
③ いとおしく思って ④ 悪いと思って

三 傍線部(ア)~(ウ)の読みを平仮名(歴史的仮名遣い)で記しなさい。

四 傍線部(A)「本意」の内容を二〇字以内で記しなさい(句読点を含む)。

五 傍線部(B)「かかる」を具体的に示す箇所を問題文中から抜き出しなさい。

六 (X)の和歌について、次の問いに答えなさい。
① 序詞を抜き出しなさい。

② 掛詞を抜き出し何と何が掛けてあるか、説明しなさい。

七 傍線部(C)「河内へもいかずなりにけり」とあるが、その理由を二五字以内で記しなさい(句読点を含む)。

八 空欄 1 ~ 5 に助動詞「けり」を活用させて入れなさい。

六十四、伊勢物語・東下り)


昔、男ありけり。その男、ア身をえうなきものに思ひなして、「京にはあら①じ、東の方に住む   ②べき国求めに。」とて行きけり。もとより友とする人、一人二人して行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。
 三河の国イ八橋といふ所に至り③ぬ。そこを八橋と言ひけるは、水ゆく川の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋と言ひ A 。その沢のほとりの木の陰に下り居て、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばた、といふ五文字を上の句に据ゑて、旅の心を詠め。」と言ひければ、詠め④る。
 唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
と詠めりければ、 みな人、乾飯の上に涙落として ほとびにけり。

設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 空欄Aに助動詞「けり」を適切に活用させて入れなさい。

問三 傍線部アを現代語に訳しなさい。

問四 傍線部イとあるが、「八橋」の地名の由来を簡潔に説明しなさい。

問五 本文中の和歌は、なぜ「かきつばた」を題に詠んだと言えるのか。その理由を簡潔に説明しなさい。

六十五、伊勢物語・東下り)


なほ行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中にいと大きなる川あり。それをすみだ川と言ふ。その川のほとりに群れ居て、思ひやれば、ア限りなく遠くも来にけるかな、とわびあへるに、渡し守、「はや舟に乗れ、イ日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡ら①むとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折しも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見え②ぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
 名にし負はばいざ言問はむ都鳥ウわが思ふ人はありやなしやと
と詠めりければ、舟こぞりて泣きにけり。

設問
問一 傍線部①、②の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部アからウを現代語に訳しなさい。

問三 本文の主人公は、『古今和歌集』の仮名序において「六歌仙」と評されている人物の一人をモデルにしていると言われている。それは誰か、漢字で答えなさい。

問四 『伊勢物語』を分類すると次のどれに当てはまるか、選びなさい。

  1 作り物語   2 軍記物語   3 歴史物語   4 歌物語

六十六、伊勢物語・芥川)


昔、男ありけり。ア女のえ得まじかりけるを、年を①経てイよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きにウ来けり。芥川といふ川を②率て行きければ、草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ」となむ男に問ひける。行く先多く夜も更け③にければ、鬼あるところとも知らで、エ神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、男、弓・やなぐひを負ひて戸口に居り。はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に食ひ④てけり。「あなや」と言ひけれど、神鳴る騒ぎにオえ聞かざりけり。やうやう夜も明けゆくに、見れば率て来⑤し女もなし。足ずりをして泣けどもかひなし。
  白玉か何ぞと人の問ひし時露と答えてカ消えなましものを
これは、二条の后のいとこの女御の御もとに、仕うまつるやうにてゐ給へりけるを、キかたちのいとめでたくおはしければ、盗みて負ひて出でたりけるを、御兄人堀川の大臣、太郎国経の大納言、まだげらふにて内へ参り給ふに、いみじう泣く人あるを聞きつけて、とどめてとりかへし給う⑥てけり。それをかく鬼とは言ふなりけり。まだいと若うて、ク后のただにおはしける時とや。

設問
問一 傍線部①、②の動詞の活用の種類を答えなさい。

問二 傍線部③~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問三 二重傍線部ア、イ及びエ~キを現代語に訳しなさい

問四 二重傍線部ウの漢字の読みを答えなさい。

六十七、伊勢物語・渚の院)


 むかし、惟(これ)喬(たか)の親王と申す親王おはしましけり。山崎のあなたに、水無瀬といふ所に宮ありけり。年ごとの桜の花ざかりには、その宮になむおはしまし A 。その時右馬頭なりける人を常にa率ておはしましけり。時世へて久しくなりにぬれば、アその人の名忘れ①にけり。狩はbねんごろにもせで酒をのみ飲みつつ、やまと歌にかかれりけり。いま狩する交野の渚の家、その院の桜いとおもしろし。その木のもとにおりゐて、枝を折りてかざしにさして、上中下みな歌よみけり。馬頭なりける人のよめ②る。
 X 世の中に絶えて桜のなかり③せば春の心はのどけからまし
となむよみたる。また、人の歌、
  散ればこそいとど桜はcめでたけれうき世になにか久しかるべき
とて、その木の下はたちてかへるに、日暮になりぬ。御供なる人、酒をもたせて、野より出できたり。この酒を飲み④てむとて、よき所を求め行くに、天の河といふ所にいたりぬ。イ親王に馬頭おほみきまゐる。親王ののたまひける、「交野を狩りて、天の河のほとりにいたる題にて、歌よみて杯はさせ」とのたまう B ば、かの馬頭よみて奉りける。
  狩り暮らしたなばたつめに宿からむ天の河原に我はd来にけり
親王歌をかへすがへす誦じ給うて返しえし給はず。紀有常御供に仕うまつれり。それがかへし、
  ウ一年にひとたび来ます君まてば宿かす人もあらじとぞ思ふ
かへりて宮に入ら⑤せ給ひぬ。夜ふくるまで酒飲み物語して、あるじの親王、ゑひて入り給ひ⑥なむとす。十一日の月もかくれなむとすれば、かの馬頭のよめる。
 Y あかなくにまだきも月のかくるるか山の端にげて入れずもあらなむ
親王にかはり奉りて、紀有常、
 Z おしなべて峯もたひらになりななむ山の端なくは月もいらじを

10

15

20
設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部a~dの用言について、品詞と活用の種類及びここでの活用形を答えなさい。

問三 Xの和歌について、
 (1)現代語に訳しなさい。

 (2)実際はどうだと言うのか、簡潔に説明しなさい。

問四 空欄A、Bに助動詞「けり」を活用させて入れなさい。

問五 二重傍線部アとあるが、実際には誰だと言われているか答えなさい。

問六 二重傍線部イを現代語に訳しなさい。

問七 二重傍線部ウとは何のことか、答えなさい。

問八 Y、Zの和歌を現代語に訳しなさい。

六十八、大和物語・姨捨)


 信濃の国に更級といふ所に、男住みけり。若きときに親死にければ、をばなむ親のごとくに、若くよりあひ添ひてあるに、この妻の心、いと心憂きこと多くて、この姑の老いかがまりてゐたるを常ににくみつつ、男にも、このをばの御心の、アさがなくあしきことを言ひ聞かせければ、昔のごとくにもあらず、イおろかなること多く、このをばのためになりゆきけり。このをば、いといたう老いて、二重にてゐたり。これをなほ、この嫁、ウ所狭がりて、今まで死な1ぬことと思ひて、よからぬことを言ひつつ、「持ていまして、深き山に捨て給び2てよ。」とのみ責められわびて、さしてむと思ひなり3ぬ。
 月のいと明かき夜、「媼ども、いざ給へ。寺に尊きわざす4なる、見せ奉ら5む。」と言ひければ、限りなく喜びて負はれ6にけり。高き山のふもとに住みければ、その山にはるばると入りて、高き山の峰の、下り①来7べくもあらぬに置きて逃げて②来ぬ。「やや。」と言へど、エいらへもせで逃げて、家に来て思ひをるに、言ひ腹立てける折は、腹立ちて、かくしつれど、オ年ごろ親のごと養ひつつあひ添ひにければ、いと悲しくおぼえけり。この山の上より、月もいと限りなく明かくて出でたるを眺めて、夜一夜寝られず、悲しくおぼえければ、かくよみたりける、
 わが心カ慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て
とよみてなむ、また行きて迎へ持て③来にける。それよりのちなむ、姨捨山といひける。 慰めがたしとは、これがよしになむありける。

10

15
設問
問一 傍線部1~7の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部①~③の読みを答えなさい。

問三 波線部について、
 (1)単語に分け、それぞれ文法的に説明しなさい。

 (2)「さ」が何を示すのか答えなさい。

問四 二重傍線部ア~カの意味を答えなさい。

問五 『大和物語』と性質の近い作品を次の中から二つ選びなさい。
  ① 源氏物語  ② 伊勢物語  ③ 宇津保物語  ④ 平家物語  ⑤ 平中物語

六十九、大和物語・鹿鳴く声)


大和国に男女ありけり。年月かぎりなく思ひて住みけるを、1いかがしけむ、女を得てけり。なほもあらず、この家に率て来て、壁を隔てて住みて、2わが方にはさらに寄り来ず。3いと憂しと思へど、さらに言ひもねたまず。秋の夜の長きに、目をさまして聞けば、鹿なむ鳴きける。ものも言はで聞きけり。壁を隔てたる男、「聞きたまふや、西こそ」と言ひければ、「何ごと」といらへければ、「この鹿の鳴くは聞きたうぶや」と言ひければ、「さ聞きはべり」といらへけり。男、「さて、それをばいかが聞きたまふ」と言ひければ、女4ふといらへけり。
X われもしかなきてぞ人に恋ひられし今こそよそに声をのみ聞け
とよみたりければ、かぎりなくめでて、この今の女をば送りて、5もとのごとなむ住みわたりける。

設問
問一 波線部「の」の用法を答えなさい。

問二 傍線部1~5を現代語訳しなさい。

問三 Xの和歌について、
 (1)掛詞を指摘し、何と何が掛けられているか説明しなさい。

 (2)現代語訳しなさい。

七十、竹取物語・かぐや姫の昇天)


 かかるほどに、宵内過ぎて、子の時ばかりに、家の辺り昼の明さにも過ぎて光りわたり、望月の明さを十あはせたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほど①なり。大空より、人、雲に乗りており来て、土より五尺ばかりあがりたるほどに、立ちつらねたり。これを見て、内外なる人の心ども、物におそはるるやうにて、あひ戦は②む心もなかりけり。からうじて思ひ起こして、弓矢をとり立て③むとすれども、手に力もなくなりて、なえかかりたり。中に心さかしき者、念じて射むとすれども、ほかざまへ行きければ、あれも戦はで、心地ただしれにしれて、アまもりあへ④り。
立てる人どもは、装束の清らなること、ものにも似ず。飛ぶ車一つイ具したり。羅蓋さしたり。その中に王とおぼしき人、家に、「造麻呂、まうで来」と言ふに、たけく思ひつる造麻呂も、ものに酔ひたる心地して、うつぶしに伏せり。いはく、「汝、をさなき人、いささかなる功徳を翁つくりけるによりて、汝が助けにとて、かた時のほどとて降し⑤しを、ウそこらの年頃、そこらの金賜ひて、身をかへたるがごと成り⑥にたり。かぐや姫は、罪をつくり給へりければ、かく賤しきおのれがもとに、しばしおはしつる⑦なり。罪の限果て⑧ぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く、能は⑨ぬことなり。はや出したてまつれ」と言ふ。翁答へて申す、「かぐや姫を養ひたてまつること廿余年に成りぬ。かた時とのたまふにあやしくなり侍りぬ。また、異所に、かぐや姫と申す人ぞおはす⑩らむ」と言ふ。「ここにおはするかぐや姫は、重き病をしたまへば、えいでおはします⑪まじ」と申せば、その返りごとはなくて、屋の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、かぐや姫。きたなき所にいかでか久しくおはせ⑫む」と言ふ。立てこめたるところの戸、すなはち、ただ開きに開きぬ。格子どもも、人はなくして開きぬ。女いだきてゐたるかぐや姫、外にいでぬ。エえとどむまじければ、たださし仰ぎて泣きをり。

10

15
設問
問一 傍線部①~⑫の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア~エの意味を答えなさい。

七十一、竹取物語・かぐや姫の昇天)


 竹取心惑ひて泣き伏せるところに寄りて、かぐや姫言ふ、「ここにも、心にもあらでかくまかるに、ア上らむをだに見送りたまへ」と言へども、「イなにしに、悲しきに見送り奉ら①む。われをいかにせよとて捨てては上りたまふぞ。ウ具していでおはせね」と泣きて伏せれば、心惑ひぬ。「文を書き置きてまからむ。恋しから②むをりをり、取りいでて見たまへ」とて、うち泣きて書くことばは、「この国に生まれ③ぬるとならば、嘆かせ奉ら④ぬほどまではべらで過ぎ別れぬること、かへすがへすA本意なくこそ覚えはべれ。脱ぎおく衣を形見と見たまへ。月のいでたらむ夜は、見おこせたまへ。見捨て奉りてまかる空よりも、落ち⑤ぬべきここちする」と書き置く。
 天人の中に持たせたる箱あり。天の羽衣入れ⑥り。またあるは不死の薬入れり。ひとりの天人言ふ、「エ壺なる御薬奉れ。きたなき所のものオ聞こし召したれば、御心地悪しからむものぞ」とて持て寄りたれば、わづかなめたまひて、少し形見とて脱ぎおく衣に包まむとすれば、ある天人包ませず、B御衣を取りいでて着せむとす。その時に、かぐや姫「しばし待て」と言ふ。「衣着せつる人は、心異になるなりといふ。もの一こと言ひおくべきことありけり」と言ひて、文書く。天人、おそしと心もとながりたまひ、かぐや姫、「物知らぬことカなのたまひそ」とて、いみじく静かに、おほやけに御文奉りたまふ。あわてぬさまなり。

10

設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア~カを現代語訳しなさい。

問三 波線部A、Bの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

七十二、竹取物語・かぐや姫の昇天)


 「かくアあまたの人を賜ひてとどめさせたまへど、許さぬ迎へまうで来て、取り率てまかりぬれば、口惜しく悲しきこと。イ宮仕へA仕うまつらずなりぬるも、かくわづらはしき身にてはべれば。心得ずおぼしめされ①つらめども、心強く承らずなり②にしこと、ウなめげなるものにBおぼしめしとどめられぬるなむ、心にとどまりCはべりぬる」
とて、
 
  今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひいで③ける
 
とて、壺の薬添へて、頭中将呼び寄せて奉らす。中将に天人取りて伝ふ。中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せD奉りつれば、翁をいとほし、かなしとおぼしつることも失せ④ぬ。この衣着つる人は、もの思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して上りぬ。

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設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 波線部A~Dの敬語について、敬語の種類と敬意の対象を答えなさい。

問三 二重傍線部ア~ウの意味を答えなさい。

問四 二重傍線部ウについて、どういう点を「なめげ」と言っているのか説明しなさい。

七十三、平家物語・俊寛)


 御使ひは丹左衛門尉基康といふ者なり。船より上がつて、「これに都より流されたまひ①し丹波少将殿、法勝寺執行御房、平判官入道殿やaおはする。」と声々にぞ尋ねける。ア二人の人々は例の熊野まうでしてなかりけり。俊寛僧都一人残つたりけるが、これを聞き、「あまりに思へば夢やらん。また天魔波旬の、わが心をたぶらかさ②んとて言ふやらん。うつつとも覚えぬものかな。」とてあわてふためき、走るともなく、倒るるともなく急ぎ御使ひの前に走り向かひ、「何ことぞ。これこそ京より流されたる俊寛よ。」と名のりbたまへば、A雑色が首に掛けさせたる文袋より、入道相国の赦し文取り出だいて奉る。開いて見れば、「重科は遠流に免ず。早く帰洛の思ひをなすべし。中宮御産の御祈りによつて、非常の赦行なはる。しかるあひだ鬼界が島の流人、少将成経、康頼法師赦免。」とばかり書かれて俊寛という文字はなし。B礼紙にぞあるらんとて、礼紙を見るにも見えず。奥より端へ読み、端より奥へ読みけれども、二人とばかり書か③れて、三人とは書かれず。
 さるほどに少将や判官入道も出で来たり。少将の取つて読むにも、康頼入道が読みけるにも、二人とばかり書かれて、三人とは書かれざりけり。イ夢にこそかかることはあれ、ウ夢かと思ひなさんとすればうつつなり。うつつかと思へばまた夢のごとし。そのうへ二人の人々のもとへは、都より言づけ文どもいくらもありけれども、俊寛僧都のもとへは、言問ふ文一つもなし。「そもそもわれら三人は罪も同じ罪、配所も一つ所なり。エいかなれば赦免の時、二人は召し返されて、一人ここに残るべき。平家の思ひ忘れかや、執筆の誤りか。こはいかにしつることどもぞや。」と、天に仰ぎ、地に伏して泣き悲しめどもかひぞなき。

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15
設問
問一 傍線部①~③の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部a、bの敬語の敬意の対象を答えなさい。

問三 波線部A、Bの読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

問四 二重傍線部ア~ウを現代語に訳しなさい。

問五 二重傍線部エとあるが、なぜ俊寛がそのように言うのか、簡潔に説明しなさい。

七十四、平家物語・俊寛)


 少将のたもとにすがつて、「俊寛がかくなるといふも、御辺の父、故大納言のアよしなき謀叛ゆゑなり。されば、よそのこととおぼすべからず。赦されなければ、都までこそかなはずといふとも、この船に乗せて、九国の地へ着けたまへ。イおのおののこれにおはしつるほどこそ、春はつばくらめ、秋は田の面の雁のおとづるるやうに、おのづから故郷のことをも伝へ聞いつれ。今よりのち、何としてかは聞くべき」とて、もだえこがれたまひけり。少将、「まことにさこそはおぼし召され候ふらめ。われらが召し返さるるうれしさは、さることなれども、御ありさまを見置き奉るに、行くべき空も覚えず。うち乗せ奉つても上り①たう候ふが、都の御使ひもかなふまじき由申すうへ、赦されもないに、三人ながら島を出でたりなど聞こえば、ウなかなか悪しう候ひ②なん。成経まづ罷り上つて、人々にも申し合はせ、入道相国の気色をもうががうて、迎へに人を奉ら③ん。その間は、この日ごろおはしつるやうに思ひなして待ちたまへ。何としても命はたいせつのことなれば、このたびこそ漏れさせたまふとも、つひにはなどか赦免なうて候ふべき」と慰めたまへども、人目も知らず泣きもだえけり。
 すでに船出だすべしとてひしめき合へば、僧都乗つては降りつ、降りては乗つつ、あらましごとをぞしたまひける。少将の形見には夜のふすま、康頼入道が形見には一部の法華経をぞとどめける。ともづな解いて押し出せば、僧都綱に取り着き、エ腰になり、脇になり、丈の立つまでは引かれて出て、丈も及ばずなりければ、船に取り着き、「さていかにおのおの、俊寛をばつひに捨て果てたまふか。これほどとこそ思はざりつれ。日ごろの情けも今は何ならず。ただ理を曲げて乗せたまへ。せめては九国の地まで」とくどかれけれども、都の御使ひ、「いかにもかなひ候ふまじ」とて、取り着きたまへる手を引きのけて、船をばつひに漕ぎ出だす。
 僧都せんかたなさに、なぎさに上がり倒れ伏し、幼き者の乳母や母などを慕ふやうに足摺をして、「これ乗せて行け、オ具して行け」とをめき叫べども、漕ぎ行く船の習ひにて、跡は白波ばかりなり。

10

15

20
設問
問一 傍線部①~③の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア、イ、オを現代語に訳しなさい。

問三 成経が二重傍線部ウのように言う理由を説明しなさい。

問四 二重傍線部エは、誰のどんな様子を描いたものか、説明しなさい。

七十五、平家物語・忠度の都落ち)


 薩摩守忠度は、アいづくよりや帰られたりけん、侍五騎、童一人、わが身ともに七騎取つて返し、五条三位俊成卿の宿所におはして見給へば、門戸を閉ぢて開かず。「忠度」と名のり給へば、「落人帰り来たり」とて、その内騒ぎ合へ①り。薩摩守馬より下り、みづから高らかにのたまひけるは、「イ別の子細候はず。三位殿に申すべきことあつて、忠度が帰り参つてA候ふ。門を開かれずとも、この際まで立ち寄らせ給へ」とBのたまへば、俊成卿、「ウさることあるらん。その人ならば、苦しかるまじ。入れ申せ」とて、門をあけて対面あり。事の体何となうあはれなり。
 薩摩守のたまひけるは、「年ごろ注1申し承つて後、おろかならぬ御事に思ひ参らせ候へども、この二、三年は京都の騒ぎ、国々の乱れ、エしかしながら当家の身の上のことに候ふあひだ、疎略を存ぜずといへども、常に参り寄ることも候はず。注2君すでに都を出でさせC給ひ②ぬ。一門の運命、はや尽き候ひぬ。オ撰集のあるべき由承り候ひ③しかば、生涯の面目に、一首なりとも御恩を蒙らうど存じて候ひしに、やがて世の乱れ出できて、その沙汰なく候ふ条、ただ一身の嘆きと存じ候ふ。世静まり候ひ④なば、勅撰の御沙汰候はんずらん。これに候ふ巻物のうちに、カさりぬべきもの候はば、一首なりとも御恩を蒙りて、草の陰にてもうれしと存じ候はば、遠き御守りでこそ候はんずれ」とて、日ごろ、詠み置かれたる歌どものなかに、秀歌とおぼしきを、百余首書き集められたる巻物を、今はとて、打つ立たれける時、これを取つて持たれたりしが、鎧の引き合はせより取り出でて、俊成卿にD奉る。
  注 申し承つて後……和歌を教えて頂いて以来
    君……ここでは、安徳天皇のこと

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15
設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部A~Dの敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意を表すかを答えなさい。

問三 二重傍線部ア~エを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部オとあるが、この後、実際に勅撰和歌集の撰集の命が下されることになる。この勅撰和歌集の名前と撰者を、それぞれ漢字で書きなさい。

問五 二重傍線部カとはどういうものか、具体的に説明しなさい。

七十六、平家物語・忠度の都落ち)


 三位、これをあけて見て、「かかる忘れ形見をA賜りおき候ひぬる上は、アゆめゆめ疎略を存ずまじう候ふ。御疑ひあるべからず。さても、イただ今の御渡りこそ、情けもすぐれて深う、あはれもことに思ひ知ら①れて、感涙押さへがたう候へ」とBのたまへば、薩摩守喜びて、「ウ今は西海の波の底に沈まば沈め、山野にかばねをさらさばさらせ。エ浮き世に思ひ置くこと候はず。さらばいとま申して」とて、馬にうち乗り、甲の緒を締め、オ西をさいてぞ歩ませ給ふ。三位後ろを遥かに見送つて立た②れたれば、忠度の声とおぼしくて、「先途程遠し、思ひを雁山の夕べの雲に馳す」と高らかに口ずさみC給へば、俊成卿いとど名残惜しうおぼえて、涙を押さへてぞ入り給ふ。
 その後、世の中しづまつて、千載集を撰ぜられけるに、忠度のありしありさま、言ひ置きし言の葉、いまさら思ひ出でてあはれなりければ、かの巻物のうちに、さりぬべき歌いくらもありけれども、勅勘の人なれば、名字をばあらはされず、「故郷の花」といふ題にて、詠まれたりける歌一首ぞ、カ「よみ人知らず」と入れられける。
さざなみや志賀の都は荒れ③にしを昔ながらの山桜かな
その身朝敵となりにしうへは、キ子細に及ばずといひながら、うらめしかりしことどもなり。

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設問
問一 傍線部①~③の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部A~Cの敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意を表すかを答えなさい。

問三 二重傍線部ア、ウ、オを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部イとは何を指すか。大問四の内容を踏まえて、具体的に説明しなさい。

問五 二重傍線部エとあるが、これはもともと別の字を当てられていた言葉である。どのような字であったか、答えなさい。

問六 二重傍線部カとあるが、なぜ「よみ人知らず」と書かれたのか、その理由を答えなさい。

問七 二重傍線部キとはどういうことか。そうなった理由も含めて、具体的に説明しなさい。

七十七、平家物語・宇治川の先陣)


 ころは正月二十日あまりのことなれば、比良の高嶺、志賀の山、昔ながらの雪も消え、谷々の氷うち解けて、水はをりふし増さりたり。白浪おびたたしう漲りおち、瀬枕大きに滝なつて、逆巻く水も早かりけり。夜はすでにほのぼのと明けゆけど、川霧深く立ちこめて、馬の毛も鎧の毛もさだかならず。ここにア大将軍九郎御曹司、川の端に進み出で、水の面を見わたして、イ人々の心を見んとや思は①れけん。「いかがせん、淀、一口へや回る②べき、ウ水の落ち足をや待つべき」と宣へば、畠山、そのころはいまだ生年二十一になりけるが、進み出でて申しけるは、「鎌倉にてよくよくこの川の御沙汰は候ひ③しぞかし。エ知ろしめさぬ海川の、にはかに出来ても候はばこそ、この川は近江の湖の末なれば、待つとも待つとも水干まじ。橋をばまた誰かA渡いて参らすべき。治承の合戦に、足利又太郎忠綱は鬼神で渡しけるか。重忠瀬踏みつかまつら④ん」とて、丹の党をむねとして、五百余騎ひしひしと轡を並ぶるところに、平等院の丑寅、 橘の小島が崎より武者二騎ひつかけひつかけ出できたり。一騎は梶原源太景季、一騎は佐々木四郎高綱なり。人目にはなにとも見えざりけれども、オ内々は先に心をかけたりければ、梶原は佐々木に一段ばかりぞB進んだる。佐々木四郎は「この川は西国一の大河ぞや。腹帯ののびて見えさうは。締めたまへ」と言はれて梶原カさもあるらんとや思ひけん、左右の鐙を踏みすかし、手綱を馬の結髪にすて、腹帯を解いてぞ締めたりける。そのまに佐々木はつつとC馳せ抜いて、川へざつとぞうち入れたる。梶原キたばかられ⑤ぬとや思ひけん、やがてつづいてうち入れたり。「いかに佐々木殿、高名せうどて不覚したまふな。水の底には大綱あるらん」といひければ、佐々木太刀を抜き、馬の足に掛かりける大綱どもをばふつふつとうち切りうち切り、いけずきといふ世一の馬にはD乗つたりけり、宇治川早しといへども、一文字にざつとE渡いて、向かへの岸にうち上がる。梶原が乗つたりけるする墨は、川中より篦撓形に押しなされて、はるかの下よりうち上げたり。佐々木鐙踏んばり立ち上がり、大音声をあげて名乗りけるは、「宇多天皇より九代の後胤、佐々木三郎秀義が四男、佐々木四郎高綱、宇治川の先陣ぞや。われと思は⑥ん人々は高綱に組めや」とて、クをめいてかく。

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設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部A~Eを、音便のない形に書き改めなさい。

問三 二重傍線部アの人物の名前を答えなさい。

問四 二重傍線部イ、ウ、エ、クを現代語に訳しなさい。

問五 二重傍線部オとはどういうことか、簡潔に説明しなさい。

問六 二重傍線部カを、「さ」の指示する内容を明確にしながら現代語に訳しなさい。

問七 二重傍線部キとはどういうことか、簡潔に説明しなさい。

七十八、平家物語・宇治川の先陣)


 畠山五百余騎でやがて渡す。向かへの岸より山田次郎が放つ矢に、畠山馬の額を篦深(のぶか)に射①させて、弱れば、川中より弓杖(ゆんづえ)を突いて降り立つたり。岩浪甲(かぶと)の手先へざつと押し上げけれども、事ともせず、水の底をくぐつて、向かへの岸へぞ着き②にける。上がら③むとすれば、後ろに者こそアむずと控へたれ。「誰(た)そ」と問へば、「重親(しげちか)」と答ふ。「いかに大串(おほくし)か」「さん候ふ」。大串次郎は畠山にはイ烏帽子子④にてぞありける。「あまりに水が速うて、馬は押し流され候ひ⑤ぬ。力及ばで付きまゐらせて候ふ」と言ひければ、「ウいつもわ殿(との)原(ばら)は、重忠がやうなる者にこそ助けられむずれ」と言ふままに、大串を引つ掲げて、岸の上へぞ投げ上げたる。投げ上げられ、ただなほつて、「武蔵の国の住人、大串次郎重親、宇治川の先陣ぞや」とぞ名のつたる。敵(かたき)も味方もこれを聞いて、 エ一度にどつとぞ笑ひける。 
 その後、畠山乗り替へに乗つてうち上がる。漁綾(ぎょりょう)の直垂に緋縅(ひをどし)の鎧着て、連銭葦毛(れんぜんあしげ)なる馬に金覆(きんぷく)輪(りん)の鞍置いて乗つたる敵の、まつ先に進んだるを、「ここに駆くるは、いかなる人ぞ。名のれや」と言ひければ、「木曾殿の家の子に、長瀬判官代(ながせのはんぐわんだい)重綱(しげつな)」と名のる。畠山、「オ今日の軍神(いくさがみ)祝わん」とて、押し並べてむずと取つて引き落とし、首ねぢ切つて、本田次郎が鞍のとつつけにこそ付けさせけれ。これをはじめて、木曾殿の方(かた)より宇治橋固めたる勢(せい)ども、しばし支へて防ぎけれども、東国の大勢皆渡いて攻めければ、さんざんに駆けなされ、木幡山(こはたやま)・伏見を指いてぞ落ち行ける。

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設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア、ウ、オを現代語に訳しなさい。

問三 二重傍線部イの読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

問四 二重傍線部エとあるが、なぜ笑ったのか、簡潔に説明しなさい。

七十九、雨月物語・浅茅が宿)


 下総(しもふさ)の国葛飾郡(かつしかのこほり)真間(まま)の郷(さと)に、勝四郎といふ男ありけり。祖父(おほぢ)より久しくここに住み、田畑あまた主づきて家豊かに暮しけるが、物にかかはらぬ性より、なりはひをアうたてきものにいとひけるままに、はた家貧しくなり①にけり。さるほどに親族多くにもうとんじら②れけるを、くちをしきことに思ひしみて、イいかにもして家を興しなむものをととかくにはかりける。そのころ雀部(ささべ)の曾次(そうじ)といふ人、足利染めの絹を交易するために、年々京(みやこ)よりくだりけるが、この郷に氏族(やから)のありけるをしばしば来とぶらひ③しかば、かねてより親しかりけるままに、商人(あきびと)となりて京にまう上ら④んことを頼みしに、雀部いとやすくうけがひて、「ウいつのころはまかるべし」と聞えける。かれがたのもしきを喜びて、残る田をも売りつくして金にかへ、絹あまた買ひ積みて、京に行く日をもよほしける。
勝四郎が妻、宮木なるものは、人の目とむるばかりのかたちに、心ばへも愚ならずありけり。このたび勝四郎が商物買ひて京に行くといふをエうたてきことに思ひ、ことばをつくしていさむれども、常の心のはやりたるにせんかたなく、梓弓(あづさゆみ)末のたづきの心ぼそきにも、かひがひしくこしらへて、その夜はさりがたき別れを語り、 「かくては頼みなき女心の、野にも山にも惑ふばかり、もの憂き限りに侍り。朝(あした)に夕べに忘れ給たまはで、速く帰り給へ。オ命だにとは思ふものの、明日を頼まれぬ世の理(ことわり)は、たけき御心にもあはれみ給へ」と言ふに、「カいかで、浮木に乗りつも知らぬ国に長居せん。葛の裏葉のかへるはこの秋なるべし。心づよく待ち給へ」と言ひ慰めて、夜も明けぬるに、鳥が鳴く東を立ち出でて、京の方へ急ぎけり。

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設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部アとエに「うたてき」とあるが、それぞれ誰のどのような心情を表しているか、答えなさい。

問三 二重傍線部イ、ウ、オ、カを現代語に訳しなさい。

問四 この文章では、勝四郎と宮木とは対照的な人物として描かれている。それぞれどのような人物か、説明しなさい。

八十、堤中納言物語・虫めづる姫君)


蝶めづる姫君1の住みたまふかたはらに、按察使の大納言の御むすめ、ア心にくくなべてならぬさまに、親たちかしづきAたまふことかぎ限りなし。
この姫君2ののたまふこと、「人々の、花、蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ。人は、まことあり、本地たづねたるこそ、心ばへをかしけれ」とて、よろづの虫3の、恐ろしげなるを取り集めて、「これが、成ら①むさまを見む」とて、さまざまなる籠箱どもに入れ②させたまふ。
中にも「烏毛虫(かはむし)の、心深きさましたるこそ心にくけれ」とて、明け暮れは、耳はさみをして、手のうらにそへふせて、イまぼりたまふ。
若き人々はおぢ惑ひければ、男の童4の、ウものおぢせず、いふかひなきを召し寄せて、箱の虫どもを取らせ、名を問ひ聞き、いま新しきには名をつけて、興じBたまふ。
「エ人はすべて、つくろふところあるはわろし」とて、オ眉さらに抜きたまはず。歯黒め、「さらにうるさし、きたなし」とて、つけたまはず、いと白らかに笑みつつ、この虫どもを、朝夕べに愛したまふ。人々おぢわびて逃ぐれば、カその御方は、いとあやしくなむののしりける。かくおづる人をば、「けしからず、ばうぞくなり」とて、いと眉黒にてなむ睨みたまひけるに、いとど心地なむ惑ひける。

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設問
問一 傍線部1~4の「の」の用法を答えなさい。

問二 傍線部A・Bの敬語は誰への敬意を表すか答えなさい。

問三 傍線部①・②の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問四 二重傍線部ア~エを現代語に訳しなさい。

問五 二重傍線部オとは、どのようなことを示唆しているか、簡潔に説明しなさい。

問六 二重傍線部カとは何を指しているか、答えなさい。

八十一、堤中納言物語・虫めづる姫君)


親たちは、「いとあやしく、さまことにおはするこそ」と思しけれど、「思し取りたることぞあらむや。あやしきことそ。ア思ひて聞こゆることは、深く、さ、いらへたまへば、いとぞかしこきや」と、これをも、いと恥づかしと思し①たり。
「イさはありとも、音聞きあやしや。人は、みめをかしきことをこそ好むなれ。『むくつけげなる烏毛虫(かはむし)を興ず②なる』と、世の人の聞か③むもいとあやし」と聞こえたまへば、「ウ苦しからず。よろづのことどもをたづねて、末を見ればこそ、事はゆゑあれ。いとをさなきことなり。烏毛虫の、蝶とはなるなり」そのさまのなり出づるを、取り出でて見せたまへり。
「きぬとて、人々の着るも、蚕のまだ羽つかぬにし出だし、蝶になりぬれば、いともそでにて、あだになりぬるをや」とのたまふに、言ひ返す④べうもあらず、あさまし。さすがに、親たちにもさし向ひたまはず、「鬼と女とは、人に見えぬぞよき」と案じたまへ⑤り。エ母屋の簾を少し巻き上げて、几帳いでたて、オしかくさかしく言ひ出だしたまふなりけり。

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設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部アは両親の嘆きである。姫君のどういうところに嘆いているのか、簡潔に説明しなさい。

問三 二重傍線部イ、オを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部ウと姫君が言う根拠を説明しなさい。

問五 二重傍線部エは、姫君が両親と簾や几帳越しに会話をしている様子を描いている。なぜこのようなことをするのか、その理由を説明しなさい。

八十二、大鏡・道真左遷)


右大臣は才世に優れアめでたくaおはしまし、イ御心おきても、ことのほかに賢くおはします。左大臣は御年も若く、才もことのほかに劣りbたまへ①るにより、右大臣の御おぼえことのほかにおはしましたるに、左大臣安からず思したるほどに、さるべき②にやおはし③けむ、右大臣の御ためによから④ぬこと出で来て、昌泰四年正月二十五日、大宰権帥に成したてまつりて、流されたまふ。
 この大臣、子供あまたおはせしに、女君たちは婿取り、男君たちは皆、程々につけて位どもおはせしを、それも皆方々に流されたまひて悲しきに、幼くおはしける男君・女君たち慕ひ泣きておはしければ、「ウ小さきはあへなむ」と、おほやけも許させたまひしぞかし。帝のエ御おきて、きはめてオあやにくにおはしませば、この御子どもを、同じ方につかはさざりけり。方々にいと悲しく思しめして、御前の梅の花を御覧じて、
  東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな
 また、亭子の帝にc聞こえ⑤させdたまふ、
  流れ行くわれは水屑となり果てぬ君しがらみとなりてとどめよ
 なきことにより、かく罪せ⑥られたまふを、かしこく思し嘆きて、やがて山崎にて出家⑦しめたまひて、都遠くなるままに、あはれに心細く思さ⑧れて、
  君が住む宿の梢をゆくゆくと隠るるまでも返り見しはや
 また、播磨の国におはしまし着きて、明石の駅といふ所に御宿りせしめたまひて、駅の長のいみじく思へる気色を御覧じて、作らしめたまふ詩、いと悲し。
  駅 長 莫 驚 時 変 改
  一 栄 一 落 是 春 秋

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設問
問一 傍線部①~⑧の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 波線部a~dの敬語について、敬語の種類と、敬意の対象を答えなさい。

問三 二重傍線部ア~オの意味を答えなさい。

問四 二重波線部に返り点を打ち、平仮名で書き下し文にしなさい。

八十三、大鏡・道真左遷)


筑紫におはします所の御門固めておはします。大弐の居所ははるかなれども、楼①の上②の瓦など③の、心にもあらず御覧じやられけるに、またいと近く観音寺といふ寺のありければ、鐘の声を聞こしめして、作らしめ給へる詩ぞかし、
  ア都 府 楼 纔 看 瓦 色
   観 音 寺 只 聴 鐘 声
これは、文集の、白居易の「遺愛寺鐘敧枕聴香炉峰雪撥簾看」といふ詩に、イまさざまに作らしめ給へりとこそ、昔の博士ども申しけれ。また、かの筑紫にて、九月九日、ウ菊の花を御覧じけるついでに、いまだ京におはしまししとき、A九月の今宵、B内裏にて菊の宴ありしに、この大臣の作らせ給ひける詩を帝かしこく感じ給ひて、C御衣賜り給へりしを、筑紫に持て下らしめ給へりければ、エ御覧ずるに、いとどその折おぼしめし出でて、作らしめ給ひける、
  去 年 今 夜 侍 清 涼   秋 思 詩 篇 独 断 腸
  恩 賜 御 衣 今 在 此   捧 持 毎 日 拝 余 香
この詩、いとかしこく人々感じ申されき。

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設問
問一 傍線部①~③の「の」の中から、主格の「の」を一つ選びなさい。

問二 波線部の動詞の主語を答えなさい。

問三 二重傍線部アのような表現技法をなんと言うか、漢字で答えなさい。(漢文選択者のみ)

問四 二重傍線部イ、ウを現代語訳しなさい。

問五 二重傍線部エとあるが、誰が何を「御覧」じたのか、具体的に説明しなさい。

問六 二重波線部A~Cの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

八十四、大鏡・最後の除目)


この殿たちの兄弟の御中、①年ごろのつかさ位のおとりまさりのほどに、御仲あしくて過ぎさせたまひし間に、堀川殿の御病重くならせアたまひて、②今はかぎりにてイおはしまししほどに、東の方に前駆おふ音のすれば、御前に候ふ人たち、「誰ぞ」などいふほどに、「東三条の大将殿ウ参らせエたまふ」と人の申しければ、殿聞かせ給ひて、「年ごろ仲らひよからずして過ぎつるに、今はかぎりになりたりと聞きて、③とぶらひにオおはするにこそは」とて、御前なるくるしき物とりやり、   カ大殿ごもりたる所ひきつくろひなどして、入れキ奉らむとて待ちクたまふに、「早く過ぎて内へ  ケまゐらせコたまひぬ」と人の申すに、いとあさましく心うくて、御前にサさぶらふ人々も④をこがましく思ふらむ、シおはしたらば、関白など譲ることもス申さむとこそ思ひつるに、かかればこそ、年ごろ仲らひよからで過ぎつれ。⑤あさましく心安からぬ事なりとて、かぎりのさまにてふしセたまへる人の「かきおこせ」とソのたまへば、人々あやしと思ふほどに、「車に装束せよ。御前もよほせ」とタ仰せらるれば、物のつかせチたまへるか、うつし心もなくてツ仰せらるるかと、怪しく見テ奉るほどに、御冠召しよせて、装束などせさせトたまひて、内へナ参らせニたまひて、陣のうちは君達にかかりて、滝口の陣の方より、御前へ参らせヌたまひて、昆明池の障子のもとにさし出でさせネたまへるに、昼の御座に、東三条の大将、御前に候ひノたまふ程なりけり。

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設問
問一 傍線部ア~ノの敬語を、堀川殿への敬意、東三条の大将への敬意、天皇への敬意を表わすものに分類しなさい。

問二 二重傍線部①~⑤の意味を答えなさい。

問三 本文中には、堀川殿が考えていることを語っている部分がある。その部分の初めと終わりの5字を答えなさい。

八十五、大鏡・最後の除目)


 この大将殿は、堀川殿すでにうせたまひぬと聞かせたまひて、ア内裏に関白の事申さ①む、と思ひたまひて、この殿の門を通りて、参りて申し奉るほどに、堀川殿の、目をつづらかにさしいでたまへ②るに、帝も大将も、いとあさましくおぼしめす。大将はうち見るままに立ちて、鬼の間のかたにおはしぬ。関白殿、御前についゐたまひて、御けしきいとあしくて、「最後の除目おこなひに参りたまふるなり」とて、イ蔵人頭召して、関白には頼忠のおとど、東三条殿の大将をとりて、小一条の済時の中納言を大将になしきこゆるウ宣旨下して、東三条殿をば治部卿になしきこえて、出でさせたまひて、程なくうせたまひ③しぞかし。心意地にておはせし殿にて、さばかりかぎりにおはせしに、ねたさに、内裏に参りて申させたまひしほど、こと人はすべうもなかりし事ぞかし。

設問
問一 傍線部①~③の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部を現代語訳しなさい。

問三 波線部ア~ウの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。

八十六、大鏡・三船の才)


ひととせ、入道殿の大井川に逍遥せ①させ給ひ②しに、作文の船、管絃の船、和歌の船と分たせ給ひて、アその道にたへたる人々を乗せさせ給ひしに、イこの大納言の参り給へ③るを、入道殿、「かの大納言、いづれの船にか乗ら④るべき」と宣はすれば、「和歌の船に乗り侍らむ」と宣ひて、詠み給へるぞかし、
をぐら山あらしの風のさむければウもみぢの錦きぬ人ぞなき
申しうけ給へるかひありてあそばしたりな。御みづからも宣ふ⑤なるは、「作文のにぞ乗るべかりける。エさてかばかりの詩をつくりたらましかば、名のあがらむ事もまさりなまし。口惜しかりけるわざかな。さても、殿の、『いづれにかと思ふ』と宣はせしになむ、オ我ながら心おごりせられし」と宣ふなる。一事のすぐるだにあるに、かくいづれの道もぬけ出で給ひ⑥けむは、いにしへも侍らぬ事なり。大臣、永祚元年六月二十六日に、失せ給ひて、贈正一位になり給ふ。廉義公とぞ申しける。この大臣の末、かくなり。

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設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部アを現代語に訳しなさい。

問三 二重傍線部イについて、(1)誰のことか、(2)その人物が編纂した歌集は何か、それぞれ答えなさい。

問四 二重傍線部ウとはどのような風景を詠んだものか、簡潔に説明しなさい。

問五 二重傍線部エを、「さて」の示す内容を明確にしつつ、現代語に訳しなさい。

問六 二重傍線部オを、具体的な内容がわかるように言葉を補いながら現代語に訳しなさい。

八十七、大鏡・競べ弓)


 ※帥殿の、南の院にて、人々集めて弓あそばししに、※この殿渡ら①せ給へ②れば、思ひかけずあやしと、※中の関白殿おぼし驚きて、いみじう饗応しa申させb給うて、下郎にcおはしませど、前に立て奉りて、まづ射③させ奉ら④せ給ひけるに、帥殿の矢数いま二つ劣り給ひぬ。中の関白殿、また、御前に候ふ人々も、「いまふたたび延べさせ給へ」と申して、延べさせ給ひけるを、やすからずdおぼしなりて、「さらば、延べさせ給へ」と仰せ⑤られて、また射させ給ふとて、仰せらるるやう、「道長が家より、帝・后立ち給ふべきものならば、この矢当たれ」と仰せらるるに、ア同じものを、中心には当たるものかは。次に、帥殿射給ふに、いみじう臆し給ひて、御手もわななくけにや、イ的のあたりにだに近く寄らず、無辺世界を射給へるに、関白殿、色青くなりぬ。また入道殿射給ふとて、「摂政・関白すべきものならば、この矢当たれ」と仰せらるるに、初めの同じやうに、ウ的の破るばかり、同じところに射させ給ひつ。饗応し、もてはやし聞こえさせ給ひつる興もさめて、こと苦うなりぬ。父大臣、帥殿に、「エ何か射る。な射そ、な射そ」と制し給ひて、ことさめ    ⑥にけり。

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※注 帥殿……藤原伊周。当時内大臣。
   この殿……藤原道長。当時権大納言。
   中の関白殿……藤原道隆。伊周の父。
設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部a~dの敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意を表すかを答えなさい。

問三 二重傍線部ア~エを現代語に訳しなさい。

八十八、大鏡・若き日の道長)


 ア四条大納言のかく何事も優れ、めでたくおはしますを、大入道殿、「イいかでかかからむ。うらやましくもあるかな。わが子どもの、ウ影だに踏むべくもあらぬこそ口惜しけれ」と申させたまひければ、中関白(なかのかんぱく)殿・粟田殿などは、エげにさもとや思すらむと、恥づかしげなる御気色①にて、ものものたまは②ぬに、この入道殿は、いと若くおはします御身にて、「オ影をば踏まで、面をや踏まぬ」とこそ仰せ③られけれ。まことにこそさおはしますめれ。内大臣殿をだに、近くてえ見たてまつりたまはぬよ。
 さるべき人は、カとうより御心(みこころ)魂のたけく、御守りもこはき④なめりとおぼえはべるは。
  (注)大入道殿……藤原兼家。道長の父。
     入道殿……藤原道長
     内大臣……藤原教通。道長の息子で、四条大納言の娘婿。

設問
問一 傍線部①~④の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部アについて、
 (1)誰のことか、漢字で答えなさい。

 (2)この人物が編纂した歌集を答えなさい。

問三 傍線部イ、エを、主語を明確にして現代語に訳しなさい。

問四 傍線部ウ、オ、カを現代語に訳しなさい。

八十九、大鏡・若き日の道長)


 さるべき人は、とうより御心魂のたけく、御守りもこはきなめりとおぼえはべるは。花山院の御時に、五月下つ闇に、五月雨も過ぎて、いとアおどろおどろしくかきたれ雨の降る夜、帝、イさうざうしとや思しめしけむ、殿上に出でさせおはしまして、遊びおはしましけるに、人々、物語申しなどしたまうて、昔恐ろしかりけることどもなどに申しなりたまへるに、「ウ今宵こそいとむつかしげなる夜なめれ。かく人がちなるだに、気色おぼゆ。エまして、もの離れたる所などいかならむ。さあらむ所に一人去なむや」と①仰せられけるに、「えまからじ」とのみ申したまひけるを、入道殿は、「オいづくなりともまかりなむ」と申したまひければ、カさるところおはします帝にて、「いと興あることなり。さらば行け。道隆は豊(ぶ)楽院(らくゐん)、道兼は仁(じ)寿(じゅう)殿(でん)の塗(ぬり)籠(ごめ)、道長は大極殿へ行け」と仰せられければ、よその君達は、キびんなきことをも奏してけるかなと思ふ。
 また、承らせたまへる殿ばらは、御気色変はりて、益(やく)なしと思したるに、入道殿は、つゆクさる御気色もなくて、「私の従者をば具し候はじ。この陣の吉上まれ、滝口まれ、一人を、『昭慶門まで送れ』と仰せ言たべ。それより内には一人入りはべらむ」と②申したまへば、「ケ証(そう)なきこと」と仰せらるるに、「げに」とて、御手箱に置かせたまへる小刀まして立ちたまひぬ。いま二所も、苦む苦む各々③おはさうじぬ。「子四つ」と奏して、かく仰せられ議するほどに、丑にもなりにけむ。

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15
設問
問一 傍線部①~③の動作の主体を答えなさい。

問二 傍線部ア、イ、ウ、オを現代語に訳しなさい。

問三 傍線部エを、具体的な内容がわかるように現代語に訳しなさい。

問四 傍線部カとはどういうことか、簡潔に説明しなさい。

問五 傍線部キを、主語を明確にしつつ現代語に訳しなさい。

問六 傍線部クとあるが、どのような「御気色」なのか、簡潔に説明しなさい。

問七 傍線部ケとはどういうことか、簡潔に説明しなさい。

九十、大鏡・若き日の道長)


 「道隆は右衛門の陣より出でよ。道長は承明門より出でよ」と、アそれをさへ分かたせたまへば、しかおはしまし合へるに、中関白殿、イ陣まで念じておはしましたるに、宴の松原のほどに、そのものともなき声どもの聞こゆるに、術(ずち)なくて帰りたまふ。粟田殿は、露台の外(と)まで、わななくわななくおはしたるに、仁寿殿の東面(ひんがしおもて)の砌(みぎり)のほどに、軒と等しき人のあるやうに見えたまひければ、ものもおぼえで、「ウ身の候はばこそ、仰せ言も承らめ」とて、各々たち帰りまゐりたまへれば、御扇をたたきて笑はせたまふに、入道殿はいと久しく見えさせたまはぬを、いかがと思しめすほどにぞ、いとさりげなくことにもあらずげにて①参らせたまへる。
 「いかにいかに」と問はせたまへば、いとのどやかに、御刀に削られたる物を取り具して奉らせたまふに、「こは何ぞ」と仰せらるれば、「エただにて帰りまゐりてはべらむは、証候ふまじきにより、高御座(たかみくら)の南面(みなみおもて)の柱のもとを削りて候ふなり」と、オつれなく申したまふに、いとあさましく②思しめさる。こと殿たちの御気色は、いかにもなほ直らで、この殿のかくて参りたまへるを、帝よりはじめ感じののしられたまへど、うらやましきにや、またいかなるにか、ものも言はでぞ③候ひたまひける。
 なほ、疑はしく思しめされければ、つとめて、「蔵人して、削りくづをつがはしてみよ」と仰せ言ありければ、持て行きて押しつけて見たうびけるに、カつゆ違はざりけり。その削り跡は、いとけざやかにてはべめり。末の世にも、見る人はなほあさましきことにぞ申ししかし。
  (注)中関白殿……道隆
     粟田殿……道兼

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15
設問
問一 傍線部①~③の動作の主体を、それぞれ文中の語で答えなさい。

問二 傍線部イ、エ、オを現代語に訳しなさい。

問三 傍線部アを、「それ」の内容を明らかにしつつ、現代語に訳しなさい。

問四 傍線部ウを、具体的な内容がわかるように現代語に訳しなさい。

問五 傍線部カとあるが、何と何が全く違わなかったというのか、簡潔に説明しなさい。

九十一、大鏡・花山院の出家)


 永観二年甲申八月二十八日、位につかせ給ふ、御年十七。寛和二年丙戌六月二十二日の夜、あさましくa候ひしことは、人にも知ら①せ給はで、アみそかに花山寺におはしまして、御出家入道せさせ給へりしこそ。御年十九.イ世を保たせ給ふこと二年。その後二十二年おはしましき。
 あはれなることは、おりおはしましける夜は、藤壺の上の御局の小戸より出で②させ給ひけるに、( X )Aのいみじく明かかりければ、「注顕証にこそありけれ。いかがすべからむ。」と仰せられけるを、「さりとて、とまらせ給ふべきやうb侍らず。注神璽、宝剣わたり給ひぬるには。」と、粟田殿のさわがし申し給ひけるは、まだ帝出でさせおはしまさざりけるさきに、手づからとりて、ウ春宮の御方にわたし奉り給ひ③てければ、かへり入らせ給は④むことはあるまじくc思して、エしか申させ給ひけるとぞ。
 さやけき影を、まばゆく思し召しつるほどに、月の顔に群雲Bのかかりて、すこし暗がりゆきければ、「わが出家は成就する⑤なりけり。」と仰せられて、歩み出でさせ給ふほどに、弘徽殿の女御の御文Cの、日ごろ破り残して御身を放たず御覧じけるをd思し召し出でて、「しばし。」とて、取りに入りおはしましけるほどぞかし、粟田殿の、「いかにかくは思し召しならせおはしましぬるぞ。オただ今過ぎば、おのづから障りも出でまうで来なむ。」と、そら泣きし給ひけるは。 

 注 顕証にこそありけれ――あまりにも明るくて気が引ける、ということ。
   神璽、宝剣わたり給ひぬるには――皇太子に皇位の証を譲り渡したことを指す。

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設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部a~dの敬語について、敬語の種類と誰から誰への敬意かを答えなさい。

問三 波線部A~Cの「の」のうち、他と用法が異なるものを一つ選びなさい。

問四 空欄Xには、陰暦二十日以降の月を表す言葉が入る。当てはまる言葉を書きなさい。

問五 二重傍線部ア、オを現代語訳しなさい。

問六 二重傍線部イとはどういうことか、わかりやすく説明しなさい。

問七 二重傍線部ウの読みと意味を答えなさい。

問八 二重傍線部エが指す内容を答えなさい。

九十二、大鏡・花山院の出家)


 さて、土御門より東ざまに率て出だし参らせ給ふに、晴明が家の前をわたらせ給へば、みづからの声にて、手をおびたたしく、はたはたと打ちて、「帝王おりaさせ給ふと見ゆるは。天変ありつるが、すでになりにけりと見ゆるかな。参りて①奏せむ。車に装束疾うせよ。」と言ふ声聞かせ給ひけむ、アさりともあはれには思し召しbけむかし。「かつ、式神一人内裏に参れ。」と申しければ、目には見えぬものの、戸を押し開けて、御後をや見参らせむ、「ただ今、これより過ぎさせおはしますめり。」とイいらへりとかや。その家、土御門町口なれば、御道なりけり。
 花山寺に②おはしまし着きて、御髪おろさせ給ひて後にぞ、粟田殿は、「ウまかり出でて、大臣にも、変はらぬ姿、いま一度見え、かくと案内申して、かならず参り③侍らむ。」と申し給ひければ、「朕をば謀るなりけり。」とてこそ泣かせ給ひけれ。あはれにかなしきことなりな。日ごろ、よく、御弟子にて④候はむと契りて、すかし申し給ひcけむがおそろしきよ。東三条殿は、もしさることやし⑤給ふと、あやふさに、エさるべくおとなしき人々、なにがしかかしといふいみじき源氏の武者たちをこそ、御送りに添へられたりけれ。京のほどは隠れて、堤の辺よりぞうち出で参りける。寺などにては、オもしおして人などやなし奉るとて、一尺ばかりの刀どもを抜きかけてぞ守り申しける。

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設問
問一 傍線部①~⑤の敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意を示すかを答えなさい。

問二 傍線部a~cの助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問三 二重傍線部アとあるが、どういう点を指して「さりとも」と言っているのか、大問一の内容を踏まえて、簡潔に説明しなさい。

問四 二重傍線部イの主語を答えなさい。

問五 二重傍線部ウを現代語訳しなさい。

問六 二重傍線部エを、具体的な内容がわかるように現代語訳しなさい。

問七 二重傍線部オを現代語訳しなさい。

九十三、大鏡・宣燿殿の女御)


御娘、村上の御時の宣耀殿の女御、アかたちをしげにうつくしうおはしけり。内へ①参り②給ふとて、御車に③奉り給ひければ、わが御身は乗り給ひけれど、御ぐしのすそは、母屋の柱のもとにぞおはしける。一筋をみちのくにがみに置きたるに、いかにもすき見えずとぞ申し伝へためる。御目のしりの少しさがり給へるが、いとどらうたく④おはするを、帝、いとかしこくときめかせさせ給ひて、かく⑤仰せられけるとか、
  生きての生死にてののちの後の世もはねをかはせる鳥となりなむ
御返し、女御、
  秋になることの葉だにもかはらずはわれもかはせる枝となりなむ
古今うかべ⑥給へりと聞か⑦せ給ひて、帝、こころみに本をかくして、女御には見せ⑧させ給はで、「やまとうたは」とあるをはじめにて、まへの句の事ばを仰せられつつ、イ問はせ給ひけるに、いひたがへ給ふ事、詞にても歌にてもなかりけり。
かかる事なむと、父大臣は聞き給ひて、御装束して、手洗ひなどして、所々に誦経などし、念じ入りてぞ⑨おはしける。帝、箏の琴をめでたくあそばしけるも、御心にいれてをしへなど、ウかぎりなくときめき給ふに、冷泉院の御母后失せ給ひてこそ、なかなかこよなく覚え劣り給へりとは聞え給ひしか。「故宮のいみじうめざましく、やすらかぬものに思したりしかば、思ひ出づるに、いとほしく、くやしきなり」とぞ⑩仰せられける。

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15

設問
問一 傍線部①~⑩の敬語について、敬語の種類と、敬意の対象を答えなさい。

問二 二重傍線部ア、ウを現代語に訳しなさい。

問三 二重傍線部イについて、なぜそのようなことをしたのか簡潔に説明しなさい。

問四 本文中の和歌は、ある文学作品を踏まえたものである。その文学作品の名前と作者を漢字で書きなさい。

九十四、源氏物語・桐壺)


 いづれの御時①にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとアやむごとなき際②にはあらぬが、すぐれてイ時めきたまふありけり。
 はじめより我はと思ひ上がりaたまへ③る御方がた、ウめざましきものにおとしめ嫉みたまふ。 エ同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もり④にやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものにb思ほして、オ人のそしりをもえ憚らせたまはず、世のためしにもなり⑤ぬべき御もてなしなり。
 上達部、上人なども、カあいなく目を側めつつ、「いとキまばゆき人の御おぼえなり。ク唐土にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれ」と、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃の例も引き出で⑥つべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、ケかたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひcたまふ。
 父の大納言は亡くなりて、母北の方なむいにしへの人のよしあるにて、親うち具し、さしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもコいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなしdたまひけれど、とりたててはかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。

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設問
問一 傍線部①~⑥の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部a~dの敬語の敬意の対象を答えなさい。

問三 波線部の「の」の用法を答えなさい。

問四 二重傍線部ア、イの意味を答えなさい。

問五 二重傍線部ウを現代語訳しなさい。

問六 二重傍線部エとは、具体的にはどういうことか、簡潔に説明しなさい。

問七 二重傍線部オを、主語を明らかにしつつ現代語訳しなさい。

問八 二重傍線部カ、キの意味を答えなさい。

問九 二重傍線部クの読みと意味を答えなさい。

問十 二重傍線部ケを、具体的な内容がわかるように現代語訳しなさい。

問十一 二重傍線部コを現代語訳しなさい。

九十五、源氏物語・桐壺)


 先の世にも御契りや深かりけむ、世になく清らなる玉の男御子さへ生まれたまひ①ぬ。アいつしかと心もとながらせたまひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる稚児の御容貌なり。
 一の皇子は、右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲の君と、世にもてかしづききこゆれど、イこの御にほひには並びたまふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物に思ほしかしづきたまふこと限りなし。
 初めよりおしなべての上宮仕へしたまふべきウ際②にはあらざりき。おぼえいとやむごとなく、上衆めかしけれど、エわりなくまつはさせたまふあまりに、さるべき御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、まづ参う上ら③せたまふ。ある時には大殿籠もり過ぐして、オやがてさぶらはせたまひなど、あながちに御前去らずもてなさせたまひ④しほどに、おのづから軽き方にも見えしを、この御子生まれたまひて後は、いと心ことに思ほしおきてたれば、「坊にも、ようせずは、この御子の居たまふべき⑤なめり」と、一の皇子の女御は思し疑へり。人より先に参りたまひて、やむごとなき御思ひなべてならず、皇女たちなどもおはしませば、カこの御方の御諌めをのみぞ、なほわづらはしう心苦しう思ひきこえさせたまひける。
 かしこき御蔭をば頼みきこえながら、キ落としめ疵を求めたまふ人は多く、わが身はか弱くものはかなきありさまにて、クなかなかなるもの思ひをぞしたまふ。御局は桐壺なり。あまたの御方がたを過ぎさせたまひて、ひまなき御前渡りに、人の御心を尽くしたまふも、げにことわりと見えたり。参う上りたまふにも、あまりうちしきる折々は、打橋、渡殿のここかしこの道に、あやしきわざをしつつ、御送り迎への人の衣の裾、堪へがたく、まさなきこともあり。またある時には、ケえ避らぬ馬道の戸を鎖しこめ、こなたかなた心を合はせて、はしたなめわづらはせたまふ時も多かり。事にふれて数知らず苦しきことのみまされば、コいといたう思ひわびたるを、いとどあはれと御覧じて、後涼殿にもとよりさぶらひたまふ更衣の曹司を他に移させたまひて、上局に賜はす。その恨みましてやらむ方なし。

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15

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設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部アは、誰のどういう気持ちを表すのか説明しなさい。

問三 二重傍線部イを、具体的な内容がわかるように現代語訳しなさい。

問四 二重傍線部ウの意味を答えなさい。

問五 二重傍線部エを現代語訳しなさい。

問六 二重傍線部オを、具体的な内容がわかるように現代語訳しなさい。

問七 二重傍線部カについて、
 (1)現代語訳しなさい。

 (2)なぜそうしなければならなかったのか、答えなさい。

問八 二重傍線部キを現代語訳しなさい。

問九 二重傍線部クとあるが、どういう点で「なかなかなる」と言っているのか、説明しなさい。

問十 二重傍線部ケの意味を答えなさい。

問十一 二重傍線部コを、主語を明らかにしつつ現代語訳しなさい。

九十六、源氏物語・若紫)


 日もいと長きにアつれづれなれば、夕暮のいたう霞みたるに紛れて、かの小柴垣のほどに立ち出でたまふ。人びとは帰したまひて、惟光朝臣と覗きaたまへば、ただこの西面にしも、仏据ゑたてまつりてイ行ふ。尼なりけり。簾すこし上げて、花たてまつるめり。中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ウただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに、痩せたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、   エなかなか長きよりもこよなう今めかしきものかなと、あはれに見たまふ。
 清げなる大人二人ばかり、さては童べぞ出で入り遊ぶ。中に十ばかり①にやあらむと見えて、白き衣、山吹など②の、萎えたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似る③べうもあらず、いみじく生ひさき見えて、うつくしげなる容貌なり。髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立て④り。
 「何ごとぞや。童女と腹立ちたまへるか」とて、尼君の見上げたるに、オすこしおぼえたるところあれば、子⑤なめりと見たまふ。「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを」とて、いと口惜しと思へり。このゐたる大人、「例の、心なしの、かかるわざをして、さいなま    ⑥るるこそ、いと心づきなけれ。カいづ方へかまかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。烏などもこそ見つくれ」とて、立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、キめやすき人なめり。少納言の乳母とこそ人言ふめるは、この子の後見なるべし。
 尼君、「いで、あな幼や。言ふかひなうものしたまふかな。おのが、かく、今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひbたまふほどよ。ク罪得ることぞと、常にc聞こゆるを、心憂く」とて、「こちや」と言へば、ついゐたり。

10

15
設問
問一 傍線部①~⑥の単語について、文法的に説明しなさい。

問二 傍線部a~cの敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意を表すかを答えなさい。

問三 二重傍線部ア、イ、ウ、エ、オ、キを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部カを、主語を明らかにして現代語訳しなさい。

問五 二重傍線部クとあるが、何が「罪得ること」なのか、説明しなさい。

九十七、源氏物語・若紫)


 つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。アねびゆかむさまゆかしき人かなと、目とまりaたまふ。さるは、※限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、まもら①るるなりけりと、思ふにも涙ぞ落つる。
 尼君、髪をかき撫でつつ、「けづることをイうるさがりたまへど、をかしの御髪や。いとはかなうものしbたまふこそ、あはれにうしろめたけれ。ウかばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。故姫君は、十ばかりにて殿に後れたまひしほど、いみじうものは思ひ知りたまへりしぞかし。ただ今、おのれ見捨てたてまつらば、いかで世におはせむとす②らむ」とて、いみじく泣くを見たまふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。
 X 生ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消え③むそらなき
 またゐたる大人、「げに」と、うち泣きて、
初草の生ひ行く末も知らぬまにいかでか露の消えむとすらむ
 と聞こゆるほどに、僧都、あなたより来て、「こなたはあらは④にやはべらむ。エ今日しも、端におはしましけるかな。この上の聖の方に、源氏の中将の瘧(わらは)病(や)みまじなひにものしたまひけるを、ただ今なむ、聞きつけはべる。いみじう忍びたまひければ、知りcはべらで、ここにはべりながら、御とぶらひにも参でざりける」とdのたまへば、「あないみじや。オいとあやしきさまを、人や見つらむ」とて、簾下ろしつ。「カこの世にののしりたまふ光る源氏、かかるついでに見たてまつりたまは⑤むや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の憂へ忘れ、齢延ぶる人の御ありさまなり。いで、御消息聞こえむ」とて、立つ音すれば、帰りeたまひぬ。
あはれなる人を見つるかな。かかれば、この好き者どもは、かかる歩きをのみして、よくキさるまじき人をも見つくるなりけり。たまさかに立ち出づるだに、かく思ひのほかなることを見るよと、をかしう思す。さても、いとうつくしかりつる児かな。何人ならむ。かの人の御代はりに、ク明け暮れの慰めにも見ばやと思ふ心、深うつきぬ。

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※注 限りなう心を尽くしきこゆる人……藤壺の宮を指す。
設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部a~eの敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意を表すのかを答えなさい。

問三 二重傍線部ア、イ、オ、カ、キ、クを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部ウについて、「かばかり」と「かからぬ」の内容を明らかにしつつ現代語に訳しなさい。

問五 Xの和歌を、比喩を明らかにしつつ現代語に訳しなさい。

問六 二重傍線部エについて、「今日しも」と僧都が言う理由を、簡潔に説明しなさい。

九十八、源氏物語・若紫)

次の文章は、光源氏が北山の寺で少女を垣間見たあと、少女と一緒にいた僧都と会話する場面である。また、この場面には少女を養育している尼君も同席している。読んで、後の設問に答えよ。


(源氏は)昼の面影心にかかりて恋しければ、「ここにものしたまふは、誰れ①にか。ア尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな。今日なむ思ひあはせつる」と聞こえaたまへば、うち笑ひて、「うちつけなる御夢語り②にぞはべるなる。イ尋ねさせたまひても、御心劣りせさせたまひぬべし。故按察使大納言は、世になくて久しくなりはべりぬれば、ウえしろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが妹にはべる。エかの按察使かくれて後、世を背きてはべるが、このごろ、わづらふことはべるにより、かく京にもまかでねば、頼もし所に籠もりてものしはべるなり」と聞こえたまふ。
 「かの大納言の御女、ものしbたまふと聞きたまへしは。※好き好きしき方にはあらで、まめやかに聞こゆるなり」と、推し当てにのたまへば、「女ただ一人はべりし。亡せて、この十余年にやなりはべりぬらむ。故大納言、内裏にたてまつら③むなど、かしこういつきはべりしを、そのオ本意のごとくもものしはべらで、過ぎはべり④にしかば、ただこの尼君一人もてあつかひはべりしほどに、いかなる人のしわざにか、兵部卿宮なむ、カ忍びて語らひつきたまへりけるを、本の北の方、やむごとなくなどして、安からぬこと多くて、明け暮れ物を思ひてなむ、亡くなりはべり⑤にし。物思ひに病づくものと、目に近く見cたまへし」など申しdたまふ。「さらば、その子なりけり」と思しあはせつ。

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※注 好き好きしき方にはあらで……浮ついた気持ちからではなくて

設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部a~dのうち、他と意味の異なるものを一つ選びなさい。

問三 二重傍線部ア、イ、ウ、エ、カを現代語に訳しなさい。

問四 二重傍線部オの内容を説明しなさい。

九十九、源氏物語・須磨)

次の文章は、光源氏が須磨への退去をやむなくされ、紫の上に別れを告げに来た場面である。読んで、後の設問に答えよ。


その日は、女君に御物語のどかに聞こえ暮らしたまひて、例の、夜深く出でたまふ。狩の御衣など、旅の御よそひ、アいたくやつしたまひて、「月出で①にけりな。なほすこし出でて、イ見だに送りたまへかし。いかに聞こゆ②べきこと多くつもりにけりとおぼえむとすらむ。一日、二日たまさかに隔たる折だに、ウあやしういぶせき心地するものを」とて、御簾巻き上げて、端にいざなひAきこえBたまへば、女君、エ泣き沈みたまへるを、ためらひて、ゐざり出でたまへる、月影に、いみじうをかしげにてゐたまへ③り。「わが身かくてはかなき世を別れなば、いかなるさまにさすらへたまはむ」と、うしろめたく悲しけれど、思し入りたるに、いとどしかるべければ、
 「生ける世の別れを知らで契りつつ命を人に限りけるかな
 はかなし」など、あさはかにC聞こえなしDたまへば、
  惜しからぬ命に代へてオ目の前の別れをしばしとどめてしがな
 「げに、さぞE思さるらむ」と、いと見捨てがたけれど、明け果て④なば、はしたなかるべきにより、急ぎ出でたまひぬ。
 道すがら、面影につと添ひて、胸もふたがりながら、御舟に乗りたまひ⑤ぬ。

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設問
問一 傍線部①~⑤の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 傍線部A~Eの敬語の敬意の対象を答えなさい。

問三 二重傍線部ア~オを現代語に訳しなさい。

百、源氏物語・須磨)

次の文章は、須磨へ退去した光源氏一行の様子を描いたものである。読んで、後の設問に答えよ。


 須磨には、いとど心尽くしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひ①けむ浦波、夜々はげにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものは、かかる所の秋なりけり。
 御前にいと人少なにて、うち休みわたれ②るに、一人目を覚まして、枕をそばだてて四方の嵐を聞きたまふに、波ただここもとに立ちくる心地して、涙落つともおぼえ③ぬに、枕浮くばかりになりにけり。琴をすこしかき鳴らしたまへるが、ア我ながらいとすごう聞こゆれば、弾きさしたまひて、
  恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は思ふ方より風や吹くらむ
と歌ひたまへるに、人びとイおどろきて、めでたうおぼゆるに、忍ばれで、あいなう起きゐつつ、鼻を忍びやかにかみわたす。「げに、ウいかに思ふらむ。我が身ひとつにより、親、兄弟、片時立ち離れがたく、ほどにつけつつ思ふらむ家を別れて、かく惑ひあへる」と思すに、いみじくて、「いとかく思ひ沈むさまを、心細しと思ふらむ」と思せば、昼は何くれとうちのたまひ紛らはし、つれづれなるままに、色々の紙を継ぎつつ、手習ひをしたまひ、めづらしきさまなる唐の綾などに、さまざまの絵どもを描きすさびたまへる屏風の面どもなど、いとめでたく見所あり。人びとの語り聞こえし海山のありさまを、遥かに思しやりしを、御目に近くては、エげに及ばぬ磯のたたずまひ、二なく描き集めたまへり。「このころの上手にすめる千枝、常則などを召して、作り絵仕うまつらせばや」と、心もとながりあへり。なつかしうめでたき御さまに、世のもの思ひ忘れて、近う馴れ仕うまつるをうれしきことにて、四、五人ばかりぞ、つとさぶらひける。

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設問
問一 傍線部①~③の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。

問二 二重傍線部ア、イを現代語に訳しなさい。

問三 二重傍線部ウとあるが、光源氏は誰のどういうことに対してこのように思っているのか、簡潔に説明しなさい。

問四 二重傍線部エとあるが、何が何に及ばないのか、説明しなさい。

百一、源氏物語・須磨)


 前栽の花、色々咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、海見やら①るる廊に出でたまひて、たたずみたまふさまの、ゆゆしうきよらなること、所からは、ましてこの世②のものと見えたまはず。白き綾③のなよよかなる、紫苑色などたてまつりて、こまやかなる御直衣、帯しどけなくうち乱れたまへる御さまにて、「釈迦牟尼仏の弟子」と名のりて、ゆるるかに読みたまへる、また世に知らず聞こゆ。
 沖より舟どもの歌ひののしりて漕ぎ行くなども聞こゆ。ほのかに、ただ小さき鳥④の浮かべると見やらるるも、心細げなるに、雁の連ねて鳴く声、楫の音にまがへるを、うち眺めたまひて、涙こぼるるをかき払ひたまへる御手つき、黒き御数珠に映えたまへる、故郷の女恋しき人びと、心みな慰みにけり。
 X 初雁は恋しき人の列なれや旅の空飛ぶ声の悲しき
 とのたまへば、良清、
  かきつらね昔のことぞ思ほゆる雁はアその世の友ならねども
 民部大輔、
  心から常世を捨てて鳴く雁をイ雲のよそにも思ひけるかな
 前右近将督、
 「常世出でて旅の空なる雁がねもウ列に遅れぬほどぞ慰む
 友まどはしては、いかにはべらまし」と言ふ。親の常陸になりて下りしにも誘はれで、参れるなりけり。下には思ひくだくべかめれど、ほこりかにもてなして、エつれなきさまにしありく。

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設問
問一 傍線部①~④の単語を、文法的に説明しなさい。

問二 Xの和歌を詠んだ人物を答えなさい。

問三 二重傍線部アとあるが、どういうことか説明しなさい。

問四 二重傍線部イは、民部大輔のどのような気持ちを表しているか、説明しなさい。

問五 二重傍線部ウは、前右近将督のどのような気持ちを表しているか、説明しなさい。

問六 二重傍線部エを現代語に訳しなさい。

コメント

  1. 匿名 より:

    答えはどこですか

  2. 萱沼 〇(管理人判断で一部伏字にしました) より:

    役に立ちます

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