【日本史通史】14世紀を分かりやすく暗記!

      2018/12/08

日本史の通史を学んでいますか? この記事では通史学習や暗記のために、日本史14世紀の重要事項を取り上げます。14世紀には、全300の重要事件のうち14件が含まれます。

通史の学習法:【予備校直伝】日本史の覚え方と通史学習の方法論

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日本史通史14世紀の重要事件は、ズバリ14件

日本史では、全時代を通じ、通史として覚えるべきできごとは300あります。日本史通史14世紀の暗記すべき重要事件は、下の5つです。赤字は、見やすさのために使われており、重要性とは関係がありません。

日本史通史ベスト300 14世紀
1317 文保の和談,両統迭立へ
1324 正中の変
1331 元弘の変
1333 鎌倉幕府滅亡
1334 建武の新政
1335 中先代の乱
1336 建武式目制定
1336後醍醐天皇吉野へ,南北朝時代始まる
1338 足利尊氏,征夷大将軍就任,室町幕府成立
1350 観応の擾乱
1352 観応の半済令
1391 明徳の乱
1392 南北朝合一
1399 応永の乱
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日本史通史14世紀の勉強法・暗記法

日本史通史14世紀の勉強法・暗記法

  1. 概要説明を読みます。このとき、分からない点を細かく調べ過ぎず、読み流す程度がおすすめです。
  2. 穴埋め式のチェックテストをします(年号は覚えなくても構いません)。
  3. 映像教材で、重要事件を中心に理解します(枝葉の知識や文化史は聞き流す程度か早送り)。
  4. ノートに重要事項に絞って、自分の言葉でまとめてみましょう。

日本史を全く履修していない人が、1、2のみを行い、センター試験で平均点近い得点を挙げた実績があります。3、4も行えば、さらに高得点が可能です。

【概要説明】日本史通史14世紀の概要を理解する

日本史通史14世紀のまとめ講義は、元予備校日本史講師、現在トップクラスの進学校で先生をされている、宇都宮先生にお願いいたしました。

こんにちは! 宇都宮です。今回は14世紀の流れについてまとめます。13世紀には、元寇での恩賞が不十分で、貧しさに苦しむ御家人(武士)を何とかするため、鎌倉幕府は永仁の徳政令を出し、彼らの手放した土地を無料で取り戻させます。でも、これって逆に首を絞めてますよね。だって、1回借金踏み倒された相手にまたお金、貸します?? 私は貸せません。つまり、再び困ったとき、誰も御家人にはお金を貸してくれません。かえって、不満を募らせる御家人が多かったのです。

そこに登場したのが後醍醐天皇です。なお、この頃の天皇は、院政を行った場所によって持明院統と大覚寺統のふたつの統に分かれます。当時これらが交互に皇位についており(1317年に揉め、幕府が仲裁したのが文保の和談)、後醍醐は後者にあたります。さて、彼は1324年正中の変、1331年元弘の変と、鎌倉幕府打倒を狙いますが失敗します。それでも彼は諦めません!幕府に不満を持つ御家人を募り、再び挙兵します。このとき後醍醐に味方した足利尊氏が六波羅を攻め、新田義貞が鎌倉を攻め、そしてついに1333年鎌倉幕府は滅亡します。

その後、後醍醐は自ら政治の実権を握ります(建武の新政)が、これが公家偏重の姿勢だったので、武士たちは不満を募らせます。そんな中1335年、鎌倉幕府最後の執権高時の子・時行が挙兵します(中先代の乱)が、足利尊氏はこれを鎮圧します。ところが、彼はそのまま後醍醐に兵を向けたのです。後醍醐は吉野に逃れ、足利尊氏は持明院統から、別の天皇を即位させます。つまり、朝廷がふたつある状況になったのです。南北朝時代といい、室町幕府3代将軍足利義満が1392年に南北朝を合一するまで続きました。

足利尊氏は建武式目を制定して基本方針を示し、1338年北朝の天皇より征夷大将軍に任命され、室町幕府を成立させます。さて、室町幕府ですが当初は足利尊氏とその弟・足利直義(ただよし)による二頭政治の体制でした。ところが、その後尊氏が重用した執事・高師直と直義の関係が悪化し、最凶最悪の兄弟喧嘩に発展します(1350年~観応の擾乱)。直義が降伏、まもなく死去し(毒殺されたとも……)擾乱は終結します。擾乱の最中、1352年、観応の半済令が出されていました。これは国の年貢の半分を守護の収入としていい、というものでした。乱の最中ですし、幕府も管理しきれなかったのです。これは臨時のものでしたが、後に永続的なものになっていきます。そして、守護は国に対する支配力を強め、守護大名へと成長していくのでした。

でも、これってちょっとまずいのです。そもそも室町幕府自体、天皇に弓を引いた反乱軍ですし、鎌倉幕府のときのように偉大なるカリスマ性を持った源頼朝のような人がいるわけではない。守護大名が台頭してきたこの現状、彼らのパワーバランスの上に成り立つ脆弱な政権となっていきます。つまり、守護大名の誰かひとりでも頭抜けるとバランスが崩れます。幕府はそうなりそうな状況を見たら、潰していかないといけないのです。たとえば、山名氏は「六分一殿」と称されるほど、勢力を拡大していました。3代将軍足利義満はこれを挑発、乱を起こさせ、山名氏を滅ぼします(1391年明徳の乱)。また、明との交易で力をつけた大内氏も幕府に反乱を起こしますが、鎮圧されます(1399年応永の乱)。

日本史通史ベスト300 14世紀
1317 文保の和談,両統迭立へ
1324 正中の変
1331 元弘の変
1333 鎌倉幕府滅亡
1334 建武の新政
1335 中先代の乱
1336 建武式目制定
1336後醍醐天皇吉野へ,南北朝時代始まる
1338 足利尊氏,征夷大将軍就任,室町幕府成立
1350 観応の擾乱
1352 観応の半済令
1391 明徳の乱
1392 南北朝合一
1399 応永の乱

【チェックテスト】日本史通史14世紀のチェックテストを行う

チェックテストをくり返し行います(年号の暗記は必要ありません)。長時間続けても良いですが、朝、昼休み、夜、翌日、翌週のように分けた方が、同じ時間でより効果が出ます。チェックテスト3回目(1つのヒントで4つが数珠つなぎに言える)の正答が目標です。

1回目 2回目 3回目
1317 文保の和談,両統迭立へ 1317 文保の和談,両統迭立へ
1324 正中の変
1331 元弘の変
1333 鎌倉幕府滅亡
1334 建武の新政
1335 中先代の乱 1335 中先代の乱
1336 建武式目制定
1336後醍醐天皇吉野へ,南北朝時代始まる
1338 足利尊氏,征夷大将軍就任,室町幕府成立
1350 観応の擾乱
1352 観応の半済令 1352 観応の半済令
1391 明徳の乱
1392 南北朝合一
1399 応永の乱

【映像教材】日本史の授業動画で、用語の知識を深め周辺知識を取り込む

映像講義をうけ、上に挙げた重要事件の知識を深め、周辺知識を少しだけ取り込みます。無理をせず、重要事項を深く理解するだけでも構いません。枝葉の知識や文化史は、時間がなければ早送りします。

覚えることが多く、混乱し焦ってしまいそうなときこそ、日本史通史ベスト300に掲載されている重要事件とその周辺だけを確認してください。日本史の知識がない人が、重要事件だけを押さえ、センター試験で平均点近い得点を挙げた実績があります。幹から、太い枝へ、太い枝から細い枝へ、細い枝から木の葉へと、ゆっくり確実に記憶を広げてゆくのが、最終的な近道です。

  • 日本史が苦手になる人:どうせすべて覚えるからと、幹ー枝ー葉を分けずに覚え込み、すべて忘れる。
  • 日本史が得意になる人:常に目の前の知識が、幹ー枝ー葉のどこに当たるのかを意識している。無理だと思ったら、幹や枝に戻ったり、後回しにしたり、うまく立ち回る

公式サイト:【スタディサプリ】動画授業で苦手を克服


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