日本史通史7世紀

      2017/11/15

この記事では、通史学習のために、日本史7世紀の重要事項を取り上げます。7世紀には、全300の重要事件のうち12個が含まれます。

通史の学習法と通史一覧:【予備校直伝】日本史の覚え方と通史学習の方法論

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日本史通史7世紀

日本史では、全時代を通じ、通史として覚えるべきできごとは300あります。7世紀には、12のできごとがあります。

日本史通史ベスト300 7世紀
603 冠位十二階制定
604 憲法十七条制定
607 小野妹子を隋に派遣(=第一回遣隋使)
630 犬上御田鍬を唐に派遣(=第一回遣唐使)
645 蘇我氏滅び,大化の改新開始
658 阿倍比羅夫,蝦夷征討
663 白村江の戦い
670 庚午年籍作成
672 壬申の乱
684 八色の姓制定
694 藤原京遷都

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【10分間】日本史通史7世紀のまとめ

日本史通史7世紀のまとめ講義は、元予備校日本史講師、現在トップクラスの進学校で先生をされている、宇都宮先生にお願いいたしました。

こんにちは、宇都宮です。今回は7世紀の日本史の流れについて解説します。まず重要なのは、なんといっても聖徳太子の業績です。今まで歴史はサボってしまったという生徒でも、聖徳太子の名前は知っていると思います。彼はどんなことをやったのでしょうか。

聖徳太子は時の天皇、女帝・推古天皇の甥(おい)で、彼女の摂政として蘇我馬子とともに政治を担当します。当時のお役人さんは氏姓制度というものに基づいて任命されました。簡単に言うと、家柄と身分が結びついているということです。ところが、家柄が多少悪くても優秀な人材はもちろんいるわけです。氏姓制度では、こういう優秀な人は鳴かず飛ばずになってしまいます。

そこで聖徳太子は、603年冠位十二階を制定し、才能や功績に応じて個人に役人として地位を与えることができるようにします。でも、任命された方は大変ですね。これまで役人になるとも思っていなかった人が役人になるわけですから。「えっ!?オレが役人に!?どうしよう!!??」と困ってしまうかもしれません。そのために彼は、役人としての心構えマニュアルを作ります。604年に制定された憲法十七条です。「チームワークを大事にしなさい」とか「仏・法・僧は敬いなさい」とか「天皇の命令を受けたら言うことを聞きなさい」とかいう内容が含まれています。

また、聖徳太子はより良い政権を作るため、中国から優れているところを学び取ろうと、使いを送ります。当時の中国には隋という国があり、607年小野妹子を遣隋使として派遣します。これまで中国の王朝には、日本から何度も何度も遣使が行われています。それらは「中国皇帝様、どうか私らに王として地位を!つきましては貢ぎ物をお納めくださいまし……」というスタイルでしたが、聖徳太子が求めたのは「対等な地位での外交」です。『隋書』倭国伝には、妹子が隋皇帝・煬帝に「日が昇るところの天子、日が沈むところの天子に申し上げます云々」などという国書を送った記述があります。自分の国を「日没」など縁起悪く言われていますし、それまで下に見ていた国の人から対等に「天子」とされ、煬帝は「無礼だな!」と激怒したといいます。その後、隋は618年に滅亡、その後できた唐は伝統的な貢ぎ物を持ってこさせる外交形式(朝貢といいます)にこだわったので、630年、犬上御田鍬が初めての遣唐使として派遣されたときからは、朝貢形式に戻っています。

さて、聖徳太子の死後、馬子の子孫である、蝦夷・入鹿親子が横暴をはたらくようになります。たとえば、聖徳太子の子を攻めて死に追いやるなど。太子がめざしたような天皇中心の政権を作るためには、蘇我氏を排除しなければならない。そう考えた中大兄皇子、中臣鎌足らは645年、入鹿を殺害、蝦夷を自害に追い込みます。この事件から始まる一連の政治改革を大化の改新と呼び、「土地と人民は天皇のものだよ」「田んぼを貸すから税を納めてね」などといった改革を進めていきます。その中で、東北にいた政権に従わない「蝦夷」と呼ばれる連中を従わせるため、658年阿倍比羅夫を東北に派遣しています。

さて、ここで朝鮮半島の動きに目を移します。半島には高句麗、百済、新羅の3国があります。特に好戦的な国である新羅が唐と組んで、高句麗を攻撃すると、高句麗は百済と結んでこれに対抗します。ところが660年、唐・新羅連合軍が百済の首都を陥落させ、百済が滅亡してしまいます。百済の王族は日本に助けを求め、日本も朝鮮半島に影響力を持ちたいし、改革の影響でたまった不満を解消したいしで、朝鮮への出兵を決めます。663年白村江の戦いです。しかし、日本はこの戦いで唐・新羅連合軍にそれはもうボッコボコに叩きのめされてしまいます。

戦いの後、中大兄皇子は天智天皇として即位し、670年日本最初の戸籍である庚午年籍を作成します。ところが天智天皇の死後、天皇の弟と子の間に皇位継承争いが勃発します。672年壬申の乱であり、勝利した天智天皇の弟が天武天皇として即位します。彼は天皇の権威を高めるために様々なことを行います。最初の鋳造貨幣・富本銭を作るなど、業績は多々ありますが、ひとつだけ684年の八色の姓の制定を挙げておきます。これは、皇族は真人、貴族は朝臣、技術職は宿禰などと身分を編成し、明確に「皇族は最上位の身分なんだ、偉いんだ!」ということを表しています。天武天皇の死後、その妻が持統天皇として即位します。彼女は天武の遷都計画を引き継ぎ、694年都を藤原京に移しています。藤原京は「日本で初めての『都らしい』都」と言われています。たとえば天皇の住まいや政治を行う場所は都の北部に、区画は碁盤目状に区切る、など中国風の都市計画を採用しています。余談ですが、このような「都城制」を採用している都は「○○京」、それ以外の都は「○○宮」と表記されます。

難しかったかもしれませんが、要は聖徳太子や天智天皇、天武天皇が目指したのは「天皇を中心とした政権づくり」です。そのために、邪魔なものは排除したり、「天皇はエライんだ!従わないといけないんだ!」という政策を打ち出したりしているのです。以上、宇都宮でした。

日本史通史ベスト300 7世紀
603 冠位十二階制定
604 憲法十七条制定
607 小野妹子を隋に派遣(=第一回遣隋使)
630 犬上御田鍬を唐に派遣(=第一回遣唐使)
645 蘇我氏滅び,大化の改新開始
658 阿倍比羅夫,蝦夷征討
663 白村江の戦い
670 庚午年籍作成
672 壬申の乱
684 八色の姓制定
694 藤原京遷都

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1回目 2回目 3回目
603 冠位十二階制定 603 冠位十二階制定
604 憲法十七条制定
607 小野妹子を隋に派遣(=第一回遣隋使)
630 犬上御田鍬を唐に派遣(=第一回遣唐使)
645 蘇我氏滅び,大化の改新開始
658 阿倍比羅夫,蝦夷征討 658 阿倍比羅夫,蝦夷征討
663 白村江の戦い
670 庚午年籍作成
672 壬申の乱
684 八色の姓制定
694 藤原京遷都 694 藤原京遷都

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